ポリマー半導体の電荷移動度が20倍以上に向上:化学構造をわずかに組み替え
広島大学や京都大学らによる共同研究チームは、ポリマー半導体の化学構造をわずかに組み替えるだけで、電荷移動度をこれまでより20倍以上も向上させることに成功した。
ポリマー主鎖上にあるπ電子を高度に非局在化
広島大学や京都大学、名古屋大学、東京大学、物質・材料研究機構(NIMS)、高輝度光科学研究センターによる共同研究チームは2021年10月、ポリマー半導体の化学構造をわずかに組み替えるだけで、電荷移動度をこれまでより20倍以上も向上させることに成功したと発表した。
ポリマー半導体は、有機トランジスタや有機薄膜太陽電池など、次世代プリンテッドデバイスに向けた材料として注目されている。ただ、シリコン半導体などに比べて電荷移動度が極めて低く、デバイス性能を向上させることが課題となっていた。電荷輸送性の改善に向けては、ポリマー主鎖に沿った「主鎖内」を改善するための材料開発などがこれまで行われてきたが、これだけでは性能向上が極めて難しくなっていたという。
共同研究チームは今回、ポリマー半導体の化学構造をわずかに組み替えることで、電荷となるπ電子が主鎖に沿って高度に非局在化し、「主鎖内」の電荷輸送性が高まることを発見した。
具体的には、広島大学の研究グループがこれまで開発していたポリマー半導体「PBTD4T」のBTD部分を、京都大学と名古屋大学の共同研究グループが開発していた「SP」という化学構造に置き換えた「PSP4T」を合成した。PBTD4TとPSP4Tは、化学構造がわずかに異なる構造異性体だという。
研究では、開発したポリマーを半導体層に用いた有機トランジスタを作製し、その電荷移動度を測定した。この結果、電荷移動度はPSP4Tが2.5cm2/Vsとなり、PBTD4Tの0.1cm2/Vsに比べ一桁以上も高くなることが分かった。大型放射光施設「SPring-8」のビームライン(BL46XU)を用いて、ポリマー薄膜のX線構造解析を行ったところ、PBTD4TとPSP4Tは、主鎖間の距離や秩序がほぼ同じであり、電荷輸送性は同程度と推測した。
そこで、モデル化合物を用いてX線構造解析を行い、分子レベルの構造を調べた。この結果、いずれも同じような炭素−炭素単結合と二重結合の繰り返し構造となっているが、PSP4TはPBTD4Tに比べて、単結合と二重結合の長さの差が小さく、より1.5重結合性を帯びていることが分かった。このことから、PSP4Tは、PBTD4Tに比べポリマー主鎖上にあるπ電子が高度に非局在化していることが明らかとなった。
さらにNIMSの研究グループは、薄膜の光熱偏向分光測定を行った。この結果から、PSP4Tのポリマー主鎖が、PBTD4Tよりも高い秩序度であることが分かった。つまり、PSP4Tは、PBTD4Tよりも電荷が主鎖内を流れやすい構造になっているという。第一原理計算でポリマー主鎖のバンド構造を計算し、それに基づき主鎖内電荷移動度を算出した。この結果、PSP4TはPBTD4Tに比べ最大で30倍という極めて高い値を示した。
今回の実験と理論的な結果により、ポリマー主鎖に沿ってπ電子を高度に非局在化させると、主鎖内の電荷輸送性が高まり、電荷移動度が著しく向上することを明らかにした。
今回の研究成果は、広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格教授、三木江翼助教、井口景太郎氏(博士前期課程)、京都大学アイセムス(高等研究院物質−細胞統合システム拠点)の深澤愛子教授、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPIITbM)・大学院理学研究科の山口茂弘教授、同大学院理学研究科の早川雅大氏(博士後期課程)、東京大学大学院新領域創成科学研究科の石井宏幸特任研究員、NIMSの角谷正友主席研究員および、高輝度光科学研究センターの小金澤智之研究員らによるものである。
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