原子膜半導体中のスピン情報を高効率で取り出し:障壁の高さを従来の10分の1に低減
京都大学は東京都立大学と共同で、原子膜半導体である「二硫化モリブデン」の中にあるスピン情報を効率よく取り出すことに成功した。
TMDスピントロニクスの研究をさらに加速
京都大学大学院工学研究科電子工学専攻のSachin Gupta特定助教と白石誠司教授らによるグループは2021年2月、東京都立大学大学院理学研究科の宮田耕充准教授らと共同で、原子膜半導体である「二硫化モリブデン(MoS2)」の中にあるスピン情報を効率よく取り出すことに成功したと発表した。
原子膜半導体である遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)は、モリブデン(Mo)やタングステン(W)などの遷移金属元素と、硫黄(S)やセレン(Se)、テルル(Te)といったカルコゲン元素からなる化合物で、次世代半導体材料の有力な物質として注目されている。固体潤滑剤として有名なMoS2は、TMDの1つである。
白石教授らの研究グループはこれまで、TMDの中にあるスピン情報を効率よく取り出し、低電力で演算を行うための研究を行ってきた。ここで課題となったのが、強磁性体(FM)である垂直磁化膜とTMDの界面に存在する高い障壁である。
研究グループは今回、気相成長法を用いて作製した高品質のMoS2上に、垂直磁化膜としてコバルト(Co)と白金(Pt)からなる多層膜を新たに成長させた。試作した素子の障壁高さを測定した結果、従来に比べて障壁の高さは10分の1に下がり、FMとMoS2の間にほぼ障壁がない状態を作りだすことに成功した。
研究グループは、Co/Pt多層膜を用いたことで障壁の高さを下げられた理由について、「気相成長法によるTMDを用いたことで、その電子構造が維持された」ことや、「Ptが比較的周囲の材料から影響を受けて、電子構造を変えやすい材料である」ことを挙げた。
今回の研究成果により、MoS2などのTMD材料が持つスピン情報を、効率よく外部に取り出すことが可能となった。これにより「TMDスピントロニクス」という新たな研究領域が大きく進展するとみている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 京都大とミネベアミツミ、無線給電で社会実証試験
京都大学とミネベアミツミは、マイクロ波(電磁波)を用いたワイヤレス給電技術を活用し、トンネル内部の劣化状況などを効率よく点検するための「巡回型インフラモニタリングシステム」について、実証実験を行う。 - SiC-MOSFETの電子移動度が倍増、20年ぶりに大幅向上
京都大学が、SiCパワー半導体の研究で再び快挙を成し遂げた。京都大学 工学研究科 電子工学専攻の木本恒暢教授と同博士課程学生の立木馨大氏らの研究グループは2020年9月8日、新たな手法による酸化膜形成により、SiCと酸化膜(SiO2)の界面に発生する欠陥密度を低減し、試作したn型SiC-MOSFETにおいて従来比2倍の性能を実現したと発表した。 - 新手法の酸化膜形成でSiC-MOSFETの性能が10倍に
SiCパワー半導体で30年来の課題となっていた欠陥の低減が、大きく前進しようとしている。京都大学と東京工業大学(東工大)は2020年8月20日、SiCパワー半導体における欠陥を従来よりも1桁低減し、約10倍の高性能化に成功したと発表した。 - 固体から発する高次高調波光の発生機構を解明
京都大学や東京大学らの研究グループは、ワイドギャップペロブスカイト半導体であるCH3NH3PbCl3単結晶を用いた実験で、紫外光領域にわたる高次高調波を観測し、その発生機構も解明した。 - フォトニック結晶レーザー搭載のLiDARを開発
京都大学の研究グループは北陽電機と共同で、フォトニック結晶レーザーを搭載した光測距システム(LiDAR)の開発に成功した。自動運転を目指す自動車や建設機械などの用途に提案していく。 - 京都大ら、集積可能な「量子もつれ」光源を実現
京都大学は、集積化が可能な「量子もつれ」光源を実現した。光源をチップ化することで小型化が可能となり、量子コンピュータや量子暗号、量子センシングなどへの応用が期待される。