小型積層マグネットで17.89Tの強磁場捕捉に成功:磁場捕捉時間も75分に大幅短縮
東京大学と東北大学、フジクラの共同研究グループは、高性能コーテッドコンダクターを用いて小型の積層マグネットを作製し、17.89Tという強磁場を捕捉することに成功した。磁場捕捉に要する時間もわずか75分で、従来に比べ15分の1以下と大幅短縮した。
鉛を蒸着し、フラックスジャンプを抑制
東京大学と東北大学、フジクラの共同研究グループは2022年1月、高性能コーテッドコンダクターを用いて小型の積層マグネットを作製し、17.89Tという強磁場を捕捉することに成功したと発表した。磁場捕捉に要する時間もわずか75分で、従来に比べ15分の1以下と大幅短縮した。
超伝導体は通常、弱い磁場の侵入を許さない特性を有する。しかし、磁場が数10mT以上の環境では、「磁束量子」という形態で超伝導体に侵入し、電流を流すと磁束量子がローレンツ力によって運動を始め、熱エネルギーに変化する。これを防ぐため、超伝導体に欠陥を導入し不均一にすることで、磁束量子の運動を抑制(ピン止め)する手法などが用いられている。
今回、研究グループが積層マグネットに用いたコーテッドコンダクターは、金属基板「ハステロイ」上に数種類の中間層を設け、その上に超伝導層のEuBa2Cu3O7層を堆積した。この超伝導層には人工ピンとして、ナノメートルサイズのBaHfO3を埋め込んだ。そしてAgで保護する構造となっている。
作製した積層マグネットは、幅12mmのコーテッドコンダクターを長さ13mmに切断し、合計200枚を積層している。また、100枚+100枚のコーテッドコンダクタースタックには、捕捉磁場が最も強くなる中心部と、そこから外側に2mmと4mm離れた位置に、捕捉磁場測定用として3個のホール素子を配置した。積層マグネットは、全体を熱伝導度の高い銅製のケースに入れ、上部から銅の蓋で押さえつけている。
今回の実験は、着磁のために東北大学金属材料研究所附属強磁場超伝導材料研究センターにある18T超伝導マグネットを用いた。そして、超伝導転移温度(93K)以上で18Tの高磁場を積層マグネットに印加し、積層マグネットを着磁する低温まで冷却。さらに、超伝導マグネットの磁場をゼロまでゆっくりと減磁した。
鉛を導入していないコーテッドコンダクターのみを用いた「積層マグネット#1」の予備実験では、外部磁場が約1Tまで順調に着磁が行われていたが、1Tで温度が突然上昇し、捕捉磁場が2T以下に減少した。これは、「フラックスジャンプ」と呼ばれる現象によるものだという。こうした熱磁気不安定性を抑えるには、熱伝導をよくするか、比熱を大きくする必要がある。
そこで研究グループは、10K以下での比熱が極めて大きい鉛を、厚み1μmで真空蒸着することにより熱的安定性を高めた。ここで、鉛蒸着により捕捉磁場が減少しないよう、ハステロイ基板を機械的に3μm研磨し、元のコーテッドコンダクターより厚みを薄くした。「積層マグネット#2」は、これを50枚用意し中心部に設けた構成となっている。
積層マグネット#2は、6.5K(−266.7℃)でもフラックスジャンプを起こさずに着磁することに成功した。この時、積層マグネット#2中心部に設けたホール素子は、17.89Tという捕捉磁場を計測した。これまでの世界最高は17.7Tだったが、今回はこれを超える記録となった。
さらに研究グループは、フラックスジャンプが起きにくい、T=10Kにおけるいくつかのシミュレーションも行った。積層マグネット#2と同じ配置で、コーテッドコンダクターを合計200枚積層したときの捕捉磁場を計測した。この結果、中心部では16.42T、表面では11.14Tの磁場を捕捉できることが分かった。
また、厚み30μmで中心部に6×6mmの穴を開けたコーテッドコンダクターを、合計400枚積層したときの捕捉磁場を測定した。中心付近では最大値17.16Tという比較的均一な磁場を捕捉できることも確認した。
左は積層マグネット#2における捕捉磁場のプロファイル、右は厚みが30μmで、中心部に6×6mmの穴をあけたコーテッドコンダクターを合計400枚積層したときの捕捉磁場プロファイル。いずれもT=10K 出所:東京大学、東北大学、フジクラ
今回の研究成果は、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の陶山正裕大学院生、卞舜生助教、為ヶ井強准教授、東北大学金属材料研究所附属強磁場超伝導材料研究センターの淡路智教授、フジクラ超電導研究部の飯島康裕フェローらによるものである。
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