オープンイノベーションで“置き去り”になる中小企業を徹底支援:ちょっと珍しいインキュベーター(3/3 ページ)
企業や組織の枠を超えて製品や技術の開発を行うオープンイノベーションに向けた取り組みが増加している。そうした中、製造業の中小企業のインキュベーター/アクセラレーターLanding Pad Tokyo(以下、LPT)でディレクターを務めるボンド智江子氏は、「オープンイノベーションでは、中小企業の存在が置き去りになっているのではないか」と指摘する。
「カナダのシリコンバレー」、トロント
ところで、なぜトロントなのだろうか。「イノベーション」や「スタートアップ」と聞くと、多くの人が思い浮かべるのが恐らくは米国のシリコンバレーだろう。だが、実はトロントは、“カナダのシリコンバレー”とも呼ぶべき地域なのだ。
トロントは、AI関連のスタートアップが存在する密度が世界でも最高レベルにある。「CBRE Scoring Tech Talent 2021」によれば、総合テック人材の数は北米で4位、テック人材密度は北米3位。そして北米頭脳流入先は1位となっている。
ボンド氏によれば、「カナダの気質は日本人とも親和性が高い」という。個人主義が強く、競争がし烈を極める米国シリコンバレーに対し、トロントは、よりリベラルで謙虚さがあり、協力を重視する文化が、歴史的に育まれてきたとボンド氏は説明する。
まずは中小企業にランディングさせる
日本の中小企業とのマッチングは、カナダのスタートアップ側にも大きなメリットがある。
カナダに限らず、どの国のスタートアップでも、大企業と協業したいと考える傾向が強い。だが、「カナダのスタートアップには、日本の大企業とすぐに関係を構築することは難しいと説明している」とボンド氏は述べる。「まずは一度、日本の中小企業にランディングし、量産に耐えうるところまで技術をブラッシュアップしてから、大手企業との交渉を目指す道筋を作ることが、よりよいアプローチだと考えている。特に昨今、大手企業とスタートアップのオープンイノベーションが大々的にうたわれているが、大きな成功を収めているとは言い難い。これは、大企業とスタートアップ間のギャップがあまりにも大きいからではないか」(ボンド氏)
加藤氏は、「日本の製造業は、カナダにとっても魅力的だと思う。そのため、特にディープテック系のスタートアップが日本の製造業市場への参入を目指す場合、大手にダイレクトにアプローチしがちだ。だが、既にチャネルを持っている中小企業にランディングして、“どこに何を提案すべきか”をよく理解しているところと一緒に動いた方が、うまくいく」と強調する。「LPTは、スタートアップを探し出し、中小企業とのマッチングを通してランディングさせ、そこから大手企業にも提案できるよう支援していく」(加藤氏)
ボンド氏は、「オープンイノベーションは大企業が中心となっており、スタートアップも、どうしても大企業の方に目が向いてしまうため、中小企業が忘れ去られた存在になっていた。実際、『LPTがなければ、カナダのスタートアップとの協業は考えもしなかった』という会員企業の声もある。われわれが、どんどん海外の情報を提供することも、会員企業が行動するきっかけになっているようだ。そうした、よい循環ができている」と語る。
加藤氏は、自身が30年近く半導体業界に携わってきた経験から、「個人的な経験を踏まえても、スタートアップと中小企業が協業することは、最終的に大手企業にとっても利点がある」と述べる。特に製造業は、大手企業と強固な関係を構築している中小企業も多い。「従来のやり方を踏襲しつつ、新しい挑戦も可能なエコシステムを形成することが、これからの製造業に必要なのではないか」(同氏)
LPTは、今後のロードマップとして、これまで実現してきた成功モデルを日本全国に展開していく予定だ。既にさまざまな地方自治体と話を進めている。さらに次のステージとして、海外への展開も計画している。「中小企業に特化したアクセラレーターという点で、LPTは珍しいモデルを構築している。作り上げたモデルを、特にアジアに展開していきたい。同様に、カナダのDMZに、今度はわれわれから知識移転することも視野に入れている」(ボンド氏)
ボンド氏は「さまざまな取り組みを行っているが、全て『日本の中小企業のイノベーションを促進する』ことに帰着する。知識や機会があっても行動できなければ成果が出ない。製造業の中小企業にとって、なかなか踏み出せない一歩を踏み出すことができる場を作っていくことが、われわれの目標だ」と語った。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 「供給網を分断せず、フェアな開発競争を」、SEMIジャパン代表
マイクロエレクトロニクス製造サプライチェーンの国際展示会である「SEMICON JAPAN」(2021年12月15〜17日)が、2年ぶりに東京ビッグサイトで開催される。半導体業界では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックや半導体不足といった困難が続く一方で、それらが市場成長を後押しし、2021年の世界半導体市場規模は過去最高となる見通しだ。SEMIジャパンの代表取締役を務める浜島雅彦氏に、今回のSEMICON JAPANの狙いの他、昨今の半導体業界の動向や課題に対する見解を聞いた。 - 「学会に行って満足」は時代遅れ、米国VCが伝えたいこと
米国のベンチャーキャピタル(VC)Pegasus Tech Venturesの創設者兼CEOを務めるAnis Uzzaman(アニス・ウッザマン)氏は、日本に留学していたこともある人物だ。世界中のさまざまなスタートアップを知るUzzaman氏は、日本のスタートアップの実力、そしてスタートアップ投資に対する日本企業の姿勢をどう見ているのだろうか。 - 開発担当が語る、ソニーの2層トランジスタ画素積層型CIS
ソニーセミコンダクタソリューションズ(以下、SSS)は2022年1月25日、グループ理念や事業活動について紹介するイベント「Sense the Wonder Day」をオンラインで開催した。イベントでは、同社が前年12月に発表した「2層トランジスタ画素積層型CMOSイメージセンサー技術」について開発担当者が説明したほか、車載事業の創業メンバーが車載事業の歴史を語るなどした。 - 「企業文化」になじめるか、TSMCアリゾナ工場の課題
TSMCのアリゾナ新工場が、従業員管理をめぐる問題に直面している。同社は台湾において、長時間労働やその経営文化のおかげで世界最大の半導体専業ファウンドリーへと成長したが、アリゾナ工場の従業員たちにとってはそれが不慣れなものであるためだ。 - 「半導体は清々しい」、ルネサス柴田社長インタビュー
2021年8月31日、英Dialog Semiconductorの買収を完了したルネサス エレクトロニクス。ルネサスの社長兼CEOである柴田英利氏に、Dialogが加わることへの期待と半導体ビジネスに対する思いを聞いた。