「反強磁性体」で垂直2値状態の電流制御に成功:MRAMの高速化、低電力を可能に
東京大学は理化学研究所などと共同で、反強磁性体における垂直2値状態を電流制御することに成功した。磁気抵抗メモリ(MRAM)のさらなる高速化や低消費電力化を可能にする技術だという。
情報の記憶速度はピコ秒台へ、書き込み時の電力量も極めて小さく
東京大学は2022年7月、理化学研究所などと共同で、反強磁性体における垂直2値状態を電流制御することに成功したと発表した。磁気抵抗メモリ(MRAM)のさらなる高速化や低消費電力化を可能にする技術だという。
MRAMは情報を記録する方法として、強磁性体の磁極方向を垂直に安定化させることで生じる「垂直2値状態」を用いた垂直磁気記録が一般的に用いられている。近年は、強磁性体の代替として反強磁性体も検討されているという。
反強磁性体は情報の記憶速度がテラヘルツ帯(ピコ秒台)で、強磁性体に比べるとその速度は2〜3桁も速い。これによって、情報書き込み時に必要な電力量も格段に小さくなるという。ところが、反強磁性体のMRAM開発に向けては、「素子形状が複雑になる」「素子全域における反強磁性状態の制御が困難」といった課題もあった。
研究グループはこれまで、カイラル反強磁性体「Mn3Sn」の研究を行い、「異常ホール効果」や「異常ネルンスト効果」「磁気光学カー効果」などの読み出し信号を、室温で検出できることを明らかにしてきた。それは、Mn3Snが磁極に類似した拡張磁気八極子偏極を持つためだという。併せて、品質が高い薄膜の開発にも取り組み、2020年にはスピン軌道トルクによって磁気八極子偏極を反転できることを実証した。
Mn3Snエピタキシャル薄膜作製時、カゴメ面に平行に引っ張りひずみを導入
今回は、Mn3Snのエピタキシャル薄膜と重金属薄膜を含む多層膜を作製した。Mn3Snのエピタキシャル薄膜を作製する時に、カゴメ面に平行に引っ張りひずみを導入すると、膜面垂直方向だけに自由度を持つ(垂直2値状態をとる)ことが分かった。
実験では、開発した多層膜からなるホール電圧信号の測定用素子を作製。書き込み電流によるホール電圧の変化を室温で測定した。これにより、約14MA/cm2の書き込み電流によって、素子が出力する信号を100%反転できることを確認した。このことは、垂直方向を向いた拡張磁気八極子偏極を、素子の全域において電流制御できることを示すものだという。
磁気八極子偏極の向きを可視化できる磁気光学カー効果顕微鏡での測定においても、同様の結果が得られた。スピンホール効果で生じたスピン流のスピン偏極方向に対し、磁気八極子偏極の回転面を垂直に配置することが、カイラル反強磁性体において情報記憶の効率を高める1つの方法であることも、数値計算により確認した。
反強磁性体素子を用いた研究ではこれまで、約10MA/cm2の書き込み電流では、全体の数十%という面積に由来する信号しか制御できなかった。このため、数十nmの素子を高密度に作製すると、不良素子となってしまい各素子の動作は不安定になっていたという。
今回の研究成果は、東京大学大学院理学系研究科の肥後友也特任准教授(東京大学物性研究所リサーチフェロー併任)、中辻知教授(東京大学物性研究所特任教授、東京大学トランススケール量子科学国際連携研究機構機構長併任)および、理化学研究所創発物性科学研究センター(CEMS)の近藤浩太上級研究員、東京大学物性研究所の大谷義近教授(東京大学トランススケール量子科学国際連携研究機構教授、理化学研究所CEMSチームリーダー併任)の研究グループと、東京大学先端科学技術研究センターの野本拓也助教、有田亮太郎教授(理化学研究所CEMSチームリーダー併任)の研究グループ、東京大学物性研究所の志賀雅亘特任研究員(研究当時)、坂本祥哉助教、三輪真嗣准教授(東京大学トランススケール量子科学国際連携研究機構准教授併任)の研究グループ、Xianzhe Chen特任研究員(研究当時)、浜根大輔技術専門職員らによるものである。
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