生体呼気で個人認証、東京大らが原理実証に成功:97%以上の高い精度で個人を識別
東京大学と九州大学、名古屋大学および、パナソニック インダストリーの研究グループは、「生体呼気」で個人認証を行う原理実証に成功した。20人を対象に行った実験では、97%以上の精度で個人を識別できたという。【訂正あり】
16種類の高分子材料を用いた人工嗅覚センサーを作製
東京大学と九州大学、名古屋大学および、パナソニック インダストリーの研究グループは2022年5月、「生体呼気」で個人認証を行う原理実証に成功したと発表した。20人を対象に行った実験では、97%以上の精度で個人を識別できたという。
生体ガスを用いた生体認識技術は、構成する分子群の種類やその多寡といった化学情報に基づいて判断する。これまでは、「皮膚ガス」を利用した研究が行われてきた。しかし、皮膚ガスに含まれる分子群の濃度がpptレベルからppbレベルと極めて低いことから、その用途は限られていたという。
研究グループは今回、「呼気ガス」に着目した。構成する分子群の濃度はppbレベルからppmレベルで、皮膚ガスに比べると3桁も高い。実証に先駆け、ガスクロマトグラフ質量分析計を用いて呼気ガスの成分分析を行った。この結果、個人を特徴づける成分を示した特徴量マップの情報により、それぞれ異なる呼気成分のパターンが存在することを見いだした。
その上で、16種類の異なる性質を有する高分子材料と導電性カーボンナノ粒子の混合物で構成される「人工嗅覚センサー」を作製し、呼気センシングによる個人認証の原理実証を行った。実験により、呼気ガスの濃度範囲(2〜10ppb)で標的分子を検出できることを確認した。
人工嗅覚センサーは、分子が吸着するとセンサー材料が体積膨張して電気抵抗が増加する。この原理を利用して標的となる分子を検出することができるという。性質が異なる高分子材料を用い、多チャネルのセンサーアレイを作製することで、さまざまな分子群の検出を可能にした。
呼気センシングは、人工嗅覚センサーを内蔵した計測システムに、採集した呼気を取り込んで行う。今回の実験では年齢や国籍、性別が異なる6人を選び、空腹状態の時に実施した。この結果、16個のセンサー素子は全て異なる応答を示し、6人はそれぞれ異なるパターンのセンサー応答が得られたという。さらに、全てのセンサー素子が、個人認証に有効であることが分かった。
呼気センシングによる個人認証の原理実証は、人工嗅覚センサーで入手したデータに対し、ニューラルネットワークモデルに基づく機械学習を適用して分析。この結果、6人を対象にした実証実験では、平均97.8%の精度で個人を識別することに成功した。別途、対象者を20人に増やした実証実験でも、97%以上の識別精度が得られたという。
研究グループは今後、多人数を対象とした実証実験に取り組む。また、摂食と認証精度の関連性などについても検証し、早期実用化を目指す考えである。
今回の研究成果は、東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻の長島一樹准教授と柳田剛教授、九州大学大学院総合理工学府のジラヨパット チャイヤナ大学院生(研究当時)、名古屋大学大学院工学研究科生命分子工学専攻の安井隆雄准教授と馬場嘉信教授、パナソニック インダストリー技術本部の花井陽介主任技師と中尾厚夫主任技師、中谷将也課長らによるものである。
【お詫びと訂正】掲載当初、タイトルおよび本文中、「吸気」とあったのは「呼気」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。(2022年5月30日午前10時38分/編集部)
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