β型酸化ガリウムにおける水素の準安定状態を解明:パワー半導体の特性を大きく左右
茨城大学や東北大学、東京工業大学らの研究グループは、次世代パワー半導体材料であるβ型酸化ガリウム(β-Ga2O3)の電気特性に影響を与える水素の準安定状態を解明した。
J-PARCの大強度ミュオンビームを利用、アクセプター状態を発見
茨城大学や東北大学、東京工業大学らの研究グループは2023年2月、次世代のパワー半導体材料であるβ型酸化ガリウム(β-Ga2O3)について、電気特性に影響を与える水素の準安定状態を解明することに成功したと発表した。
Ga2O3は、シリコン(Si)に比べ高耐圧で電力消費が小さく、大型サイズの単結晶を比較的容易に製造できるなどの特長がある。このため、電動車などに搭載されるパワー半導体材料の候補として注目されている。ただ、電気特性に対する水素の影響について、これまでは実験による検証などが十分に行われていなかったという。
そこで研究グループは、Ga2O3の中で最も安定した構造を持つβ-Ga2O3を用い、水素の電子状態を解明することにした。今回は、不純物水素の情報を取得するため、素粒子ミュオン(μ+、以下Mu)に注目した。物質との相互作用(化学的性質)という点で、水素とほぼ同じであり「擬水素」として扱うことが可能なためである。物質中に注入、停止したMuの状態は、ベータ崩壊を用いるミュオンスピン回転(μSR)法により、高い感度で検出することができるという。
実験では、大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)の汎用μSR実験装置(ARTEMIS)を用いた。この結果、ミュオンはβ-Ga2O3中でドナーとアクセプターに対応する2つの準安定状態(Mu1とMu2)となっていることが分かった。Mu1はドナーとなる水素に対応している。これに対しMu2はアクセプター的な状態で、伝導帯と電子をやりとりしながら高速で拡散していることが明らかになった。
こうした状態が存在することは、β-Ga2O3のバンド構造に基づいた「両極性モデル」からの予言と一致しているという。なお、アクセプター的Mu2の状態については、今回初めてその存在を明らかにしたという。
左はβ-Ga2O3でのミュオン(Muqi、q=0、±1)の形成エネルギーとフェルミエネルギーの関係図。右はドナー(Mu+=Mu1)とアクセプター(Mu-=Mu2)準位に対応したバンド構造の模式図 出所:茨城大学他
今回の研究成果は、茨城大学理工学研究科の平石雅俊研究員、東北大学金属材料研究所の岡部博孝特任助教、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所ミュオン科学研究系の幸田章宏准教授、門野良典特別教授、物質・材料研究機構(NIMS)機能性材料研究拠点の大橋直樹拠点長および、東京工業大学国際先駆研究機構元素戦略MDX研究センターの細野秀雄特命教授らで構成される研究グループによるものである。
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