同一面内で接合した構造のTMDC多層結晶を作製:接合界面でトンネル電流も観測
トンネルFETに適した材料として注目されている「遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)」。東京都立大学などの研究チームはTMDCの結晶について、同一面内で接合した構造を作製することに成功した。接合界面ではトンネル電流も観測した。
試料作製手法や接合部近傍の原子配列、電子輸送特性などを評価
東京都立大学や産業技術総合研究所(産総研)、筑波大学、埼玉大学および、東京大学の研究チームは2023年4月、組成が異なる「遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)」の結晶について、同一面内で接合した構造を作製することに成功したと発表した。接合界面ではトンネル電流も観測した。
低い電圧で電流をスイッチングできる電子デバイスとして「トンネルFET(TFET)」が注目されている。このTFETに適した材料の一つが層状構造を持つ半導体材料「TMDC」である。TMDCは、組成や総数に応じて電気的特性を制御できるため、TMDCを「重ね合わせる構造」や「同一面内で接合する構造」が研究されてきた。特に同一面内で接合する構造は、高い性能が得られることが理論的に分かっていた。しかし、電子やホールの濃度を十分に高くできないなどの課題もあった。
研究チームは今回、ニオブ(Nb)原子を含む二硫化モリブデン(MoS2)の多層結晶(NbxMo1-xS2)を用い、面内接合に取り組んだ。東京都立大学の宮田耕充准教授らはこれまで、TMDCの結晶成長や接合に関する基盤技術を開発しており、今回はこれらの研究成果を活用することにした。
具体的には、多層TMDC結晶の接合構造を対象に、「試料作製手法の検討」や「接合部近傍の原子配列の評価」および、「電子輸送特性の評価」を行った。試料作製では、粘着テープを用いてTMDC結晶をへき開し、シリコン基板上に多層のフレーク状結晶を張り付けた。張り付けた多層TMDCとして、界面の構造観察用には「二セレン化タングステン(WSe2)」、電子輸送特性の評価用には「NbxMo1-xS2」の二種類を用いた。この基板を用い、化学気相成長法によってMoS2結晶を成長させた。
これら試料の構造を、ラマン散乱分光やフォトルミネッセンス分光、原子間力顕微鏡および、電子顕微鏡によって評価した。電子顕微鏡による断面観察では、多層WSe2の端から同じ結晶方位を持つMoS2が接合していることを確認した。
続いて、電子輸送特性を評価した。多層NbxMo1-xS2を利用しても、WSe2と同じ様に結晶端からのMoS2の成長を確認できたという。
さらに、トンネル電流を検証するため、シリコン基板上に設けたNbxMo1-xS2とMoS2に電極を付け、接合界面を流れる電流の影響を調査した。MoS2は、シリコン基板表面のSiO2酸化膜を介してゲート電圧を印加すると電子濃度は増加した。トンネル電流の寄与が大きくなる50K以下の低温環境では、負性微分抵抗の傾向(NDR trend)を持つ電流−電圧特性が得られたという。この特性には、バンド間トンネル以外の欠陥等による影響もあり、研究チームは「効率よくトンネル電流のみを流せる材料の開発が必要」と見ている。
上左図(a)は多層WSe2および化学気相成長によりWSe2結晶の端から多層のMoS2結晶を成長させた構造のモデル図。上右図(b)は多層WSe2/MoS2接合近傍における断面の走査透過電子顕微鏡像。下図の(c)と(d)は多層NbxMo1-xS2/MoS2接合における作製したFETの模式図と、電子が取りうる可能性があるエネルギー(伝導帯端と価電子帯端)の相対関係図。(e)は異なるゲート電圧を印加したときの多層NbxMo1-xS2/MoS2接合の電流・電圧特性[クリックで拡大] 出所:東京都立大学他
今回の研究成果は、東京都立大学理学研究科物理学専攻の小倉宏斗氏(当時大学院生)や川崎盛矢氏(当時学部生)、遠藤尚彦研究員、中西勇介助教、柳和宏教授、宮田耕充准教授、産総研材料・化学領域 極限機能材料研究部門の劉崢上級主任研究員、デバイス技術研究部門の入沢寿史研究グループ付、筑波大学数理物理系の丸山実那助教、高燕林助教、岡田晋教授、埼玉大学大学院理工学研究科物質科学部門・理学部基礎化学科のLim Hong En助教、上野啓司教授および、東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻の長汐晃輔教授らによるものである。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- MoS2トランジスタのコンタクト抵抗を大幅低減
産業技術総合研究所(産総研)は東京都立大学と共同で、二硫化モリブデン上に層状物質である三テルル化二アンチモンを成膜し、トランジスタのコンタクト抵抗を大きく低減させることに成功した。 - 原子膜半導体中のスピン情報を高効率で取り出し
京都大学は東京都立大学と共同で、原子膜半導体である「二硫化モリブデン」の中にあるスピン情報を効率よく取り出すことに成功した。 - 東北大学、Mg蓄電池用正極材料の開発指針を示す
東北大学は、名古屋工業大学や東京都立大学の研究グループと共同で、マグネシウム(Mg)蓄電池のサイクル特性を向上させる、新たな正極材料の開発指針を見つけ出すことに成功した。 - 偏光空間構造を用い、スピンの空間構造を直接生成
東京理科大学と千葉大学、東北大学、筑波大学の研究グループは、ラゲールガウシアンビームの一種である「ベクトル光渦」と呼ばれる偏光の空間周期構造を、スピンの空間周期構造として半導体量子井戸中へ直接生成することに成功した。 - カフェ酸の薄膜層を形成、有機半導体の性能を向上
産業技術総合研究所(産総研)と筑波大学は、有機半導体デバイスの電極表面にカフェ酸の薄膜層を形成すれば、デバイスに流れる電流が最大で100倍も増加することを発見した。バイオマス由来の材料を用いることで、デバイス廃棄時の環境負荷を極めて小さくすることもできるという。 - NIMSら、微細化熱電素子で出力電圧0.5V超を達成
物質・材料研究機構と産業技術総合研究所および、筑波大学の研究グループは、多数の微小なπ接合からなる熱電素子を試作し、0.5V以上の出力電圧を実現したと発表した。この熱電素子がIoT機器の駆動電源として対応できることを示した。