東京大ら、波動関数操作で超高速に磁化を制御:600フェムト秒で磁化が増大
東京大学らは、強磁性の半導体量子井戸構造に、極めて短いパルスレーザー光を照射し、600フェムト秒という短い時間で、量子井戸の磁化を増やすことに成功した。電子の波動関数を操作し、磁化を超高速に制御したのは初めてという。
現行の10〜100倍も高い周波数で動作するスピンデバイスの実現も
東京大学らは2023年8月、強磁性の半導体量子井戸構造に極めて短いパルスレーザー光を照射し、600フェムト秒という短い時間で、量子井戸の磁化を増やすことに成功したと発表した。電子の波動関数を操作し、磁化を超高速に制御したのは初めてという。
研究グループはこれまで、III-V族化合物半導体に鉄(Fe)やマンガン(Mn)など磁性元素を添加した「強磁性半導体」を作製し、新しい物理現象や機能の開発について研究してきた。特にFeを添加したIII-V族強磁性半導体は、薄膜化やヘテロ構造にすることで、さまざまな量子効果が期待できる材料だということが分かってきた。
これらの研究成果を基に最近、Fe添加インジウムヒ素(In,Fe)Asの薄膜構造を作製し、明瞭な量子サイズ効果の観測に成功した。波動関数による磁化制御法は、「キャリア総数の変化を要しない」ことや、「キャリアの移動距離が量子井戸内の数nm程度と極めて短く、従来のキャリア濃度変調による磁化制御法では実現できない、ピコ秒オーダーの超高速かつ超低消費電力の磁化制御が期待される」ことは分かっていたが、これらを実証するまでには至っていなかったという。
研究グループは今回、分子線エピタキシー法を用いて結晶成長を行い、強磁性半導体(In,Fe)As/非磁性半導体InAsからなる半導体の二層構造を作製した。この構造は、電子キャリアが長いコヒーレンス長を持つために、単一の量子井戸として振る舞うことを確認した。
具体的には、9Kという低温で赤外波長(793nm)の超短パルスレーザー光(パルス幅は30フェムト秒)を試料に照射した。同時に、1つの光を物体に照射し、もう1つの光でその変化を測定する手法「ポンプアンドプローブ法」を用いて、赤外超短パルスレーザー光照射による磁化の変化を測定した。
その結果、赤外レーザーパルスを入射させると、量子井戸の磁化が600フェムト秒と極めて短い時間で瞬時に増大することを確認した。実験結果の解析と理論計算によって、赤外超短パルスレーザーにより生成された電子と正孔は、強磁性半導体層のFe磁気モーメントと直接には相互作用しないことが分かった。
しかし、それらの空間電荷で作られるポテンシャルを極めて速く変化させ、量子井戸内に閉じ込められた2次元電子の波動関数は量子井戸内でシフトし、(In,Fe)As層との重なりが増えたことで、強磁性量子井戸全体の磁化が極めて高速に増大することを確認できたという。
開発した超高速磁化制御法は、キャリア濃度を変化させる必要がなく、トランジスタ技術との整合性に優れている。この方法を応用すると、現行の半導体集積回路に比べ、10〜100倍の高い周波数で動作可能なスピンデバイスや量子デバイスを実現できる可能性があるという。
今回の研究は、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻/附属スピントロニクス学術連携研究教育センターのLe Duc Anh准教授、小林正起准教授、武田崇仁特任助教および田中雅明教授らによる研究グループが、同大学大学院理学系研究科の鷲見寿秀大学院生、同大学物性研究所の堀尾眞史助教、松田巌教授の研究グループ、分子科学研究所の山本航平助教、理化学研究所放射光科学研究センターの久保田雄也研究員、矢橋牧名グループディレクターおよび、高輝度光科学研究センターの大和田成起主幹研究員らと共同で行った。
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