史上最悪レベルの半導体不況に回復の兆し、生成AIという新たな“けん引役”も:湯之上隆のナノフォーカス(65)(5/5 ページ)
“コロナ特需”から一転、かつてないレベルの不況に突入した半導体業界だが、どうやら回復の兆しが見えてきたようだ。本稿では、半導体市場の統計や、大手メーカーの決算報告を基に、半導体市場の回復時期を探る。さらに、業界の新たなけん引役となりそうな生成AIについても言及する。
GPU製造のボトルネック
半導体は、設計、前工程、後工程の3段階でつくられる。GPUにおいては、NVIDIAが設計し、TSMCが「H100」の場合は「N4」プロセスで前工程を行い、さらに後工程もTSMCがNVIDIAのGPU用に開発したCoWoS(Chip on Wafer on Substrate)でパッケージングする(図13)。
まず、N4の前工程が問題である。「H100」は12インチウエハーから65個程度しか取得できない。そして、チップサイズと歩留りは反比例するため、もしかしたら歩留りは25%程度かもしれない。もしそうなら、「H100」は1枚のウエハから16個しかつくれない。
すると、200万個の「H100」を製造するには、12.5万枚のウエハーが必要ということになる。N4は「N5」ファミリーに分類されるが、TSMCのN5の月産キャパシティーは15万枚と推測している。そうなると、毎月1万枚強のウエハーを、NVIDIAのGPUの「H100」だけに割り当ててもらえるかという問題になる。
数字上は可能そうに見えるが、NVIDIAが生産委託しているのは、「H100」だけではない。「A100」もあれば、中国向けの「H800」と「A800」もある。要するに、TSMCがどれだけのキャパシティーを「H100」向けに割り当ててくれるか、ということになる。
後工程のCoWoSの問題はもっと深刻である。そもそも、TSMCは基本的にファウンドリーであり、前工程を専門としているため、後工程の能力がない。そこに降って湧いたNVIDIAのGPU騒動である。これに対処するために、TSMCは台湾新竹に先進パーケージング工場「AP6」を2023年6月に(慌てて?)開設した。2024年末には月産2.8万枚に達すると報道されているが、そこにたどり着くまではCoWoSのキャパシティー不足に悩まされるのではないか?
AI半導体市場予測
このように、NVIDIAのGPUは、前工程と後工程(CoWoS)のどちらもキャパシティー不足の問題を抱えている。しかし、これまでのTSMCの歴史を振り返ってみれば、彼らは、「生産委託があるならつくる」のである。だから、NVIDIAのGPUも、死に物狂いでつくり続けるのではないだろうか?(ここ10年間のiPhone用プロセッサのように)。
その結果、AI半導体市場は急成長すると思われる(図14)。調査会社Stratview Researchは、2022年に154億米ドルのAI半導体市場は年平均成長率(Compound Annual Growth Rate、CAGA)42%で成長し、2028年には1278億米ドルになると予測している。その後も、CAGA=42%で成長していけば、2032年に5240億米ドルに成長する計算となる。
世界半導体市場統計(WSTS)によれば、2022年の世界半導体市場が5734億米ドルである。従って、上記で予測した2032年のAI半導体市場は、2022年の世界半導体市場と同規模である。
「そんなに高成長が続くのか」と疑問を持たれるかもしれない。そこで、NVIDIAに対抗して、AI半導体に挑戦しつつあるAMDのCEO、Lisa Su氏の見解を以下に示そう。
同氏は、日本経済新聞社の単独取材に対して、「AI向けの半導体市場が今後3〜4年で年率50%成長する」「AI向け半導体市場は現状の数百億米ドルから3〜4年で1500億米ドル(約21兆円)の規模に成長する」「AIが今後5〜10年でもっとも重要なトレンドになる」と発言している(日経新聞2023年7月22日)。
筆者も、Su氏の主張に大いに共感している。今後、AI半導体が世界半導体産業をけん引していくと筆者は確信する。
世界半導体市場予測
図15に、2032年までの世界半導体市場予測を示す。まずは、2022年までを振り返ってみよう。
1990年代に約750億米ドルだった世界半導体市場は、PCが普及した効果により、10年後の2000年代に2倍の1500億米ドルになった。次は、PCの普及に続いてインターネット利用者が急増し、その効果で2010年代には、2000年代の2倍の3000億米ドルに成長した。その次はスマホが普及していったことにより、2020年代には、2010年代の2倍の6000億米ドル弱に成長した。
このように、世界半導体市場は、おおむね10年で2倍の割合で成長してきた。そして、今後の10年は、生成AI効果により、さらに10倍の1.2兆米ドルに成長すると筆者は予測した。
どうだろう? 世界半導体産業の未来は輝いているじゃないか!(まずは来年2024年に不況から本格回復しなくてはならないが)。
筆者プロフィール
湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。2023年4月には『半導体有事』(文春新書)を上梓。
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