TSMCのウエハー出荷数に異変? 暗雲が立ち込める熊本工場の行く末:湯之上隆のナノフォーカス(67)(4/4 ページ)
業績の低迷が2023年第2四半期で底を打ち、第3四半期に回復に転じたTSMC。だが、ウエハー出荷数に焦点を当ててみると、ある“異変”が浮かび上がる。その異変を分析すると、TSMC熊本工場に対する拭い去れない懸念が生じてきた。
成長していた日欧の売上高が低下
図6に、TSMCの地域別の売上高を示す。売上高比率は、米国向けが60〜70%以上を占めている。これを見ると、TSMCが米アリゾナ州に、N4とN3の工場を建設することも納得がいく。
次に大きな売上高比率を占めているのが中国で、2020年9月14日にHuawei向け半導体の輸出を停止する直前には22%だった。その後、売上高比率は急減したが、少しずつ回復してきて、2023年Q3の売上高比率は12%となった。続いて、売上高比率が大きい順に、中国を除くアジアが8%、欧州が6%、日本が5%となっている。
ここで、地域別の売上高金額をグラフにしてみた(図7)。その際、米国に比べて売上高が低い日本と欧州を右軸でプロットした。すると、日本も欧州も、2020年以降に売上高が増大していたが、2022年Q4以降に減少に転じている。
TSMCは、日本の熊本とドイツのドレスデンにファウンドリーを建設することになっている。ところが、その両地域での売上高が減少しつつある。全ての国や地域で売上高が減少しているのなら、やむを得ないだろう。しかし、米国と中国で売上高が増大しているのに、日本と欧州は減少しているのである。心配にならない方がおかしいだろう。
TSMCの異変と熊本工場への懸念
TSMCは、2023年Q2に続いてQ3も世界半導体売上高ランキングで1位かもしれない。しかし、四半期ごとのウエハー出荷枚数は2022年Q3のピーク時より100万枚も少ない状態が続いている。
そして、この原因には、これまでTSMCの成長をけん引してきた先端の(N6を含む)N7の売上高が半減していることが関係していると考えられる。
また、TSMCのプラットフォーム別の売上高(比率)では、車載半導体が減少している。加えて、地域別の売上高(比率)では、日本と欧州の売上高が減少している。
TSMC熊本工場では、来年2024年稼働する第1工場で、デンソー向けなどの車載半導体の生産を当てにしている。また、2027年に稼働する計画の第2工場では、N6を量産すると報道されている。しかし、TSMCの(N6を含む)N7は、世界的な需要の低下により消えてしまうかもしれない。
TSMC熊本の第1工場には4670億円の補助金が支出され、第2工場には9000億円規模の補助金が検討されている模様である。しかし、これだけ補助金を出して、いざ量産しようとしたら、「つくるものがありませんでした」では済まされないだろう。
そもそも、TSMC熊本工場のマーケティングは、どこの誰が行うのだろうか? そして、TSMC熊本工場の事業運営は誰が責任を持つのか? 巨額の補助金を出す以上、日本政府と経済産業省も、その責任の一端を担わなければならないだろう。本当に大丈夫なのだろうか?
筆者プロフィール
湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。2023年4月には『半導体有事』(文春新書)を上梓。
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