感度を一桁以上向上、テラヘルツ波検出素子を開発:6G/7G超高速無線通信に適用
東北大学と理化学研究所の研究グループは、インジウムリン系高電子移動度トランジスタ(HEMT)をベースとしたテラヘルツ波検出素子で、新たな検出原理が現れることを発見。この原理を適用して、検出感度を従来に比べ一桁以上も高めることに成功した。6G/7G超高速無線通信を実現するための要素技術として注目される。
「プラズモニック三次元整流効果」と「逆HEMT構造」を適用
東北大学電気通信研究所の佐藤昭准教授らと、東北大学未来科学技術共同研究センターの末光哲也特任教授、理化学研究所光量子工学研究センターの南出泰亜チームリーダーらによる研究グループは2023年11月、インジウムリン系高電子移動度トランジスタ(HEMT)をベースとしたテラヘルツ波検出素子で、新たな検出原理が現れることを発見。この原理を適用して、検出感度を従来に比べ1桁以上も高めることに成功したと発表した。6G/7G(第6/第7世代移動通信)超高速無線通信を実現するための要素技術として注目される。
6G/7Gシステムでは、テラヘルツ波を用いることで通信速度を5Gシステムに比べ1〜2桁も高めるための研究が始まっている。こうした中で、FET(電界効果トランジスタ)の電子チャネル内に励起される二次元電子群の荷電振動量子(二次元プラズモン)は、室温動作で高速に応答し高感度のテラヘルツ波検出素子(プラズモニック検出素子)を実現するための動作原理として注目されている。特に、非対称二重回折格子ゲート構造と呼ばれる独自のトランジスタ電極構造を用いた検出素子は、プラズモンをテラヘルツ波と効率よく結合できるという。
この動作原理は、素子の内部抵抗を100kΩ程度に高くすることで検出信号を大きくできるという特長がある。半面、素子の出力インピーダンスを50Ωに整合させることができないため、波形ひずみが発生するという課題があった。これが超高速無線通信を実用化するための課題となっていた。
研究グループは今回、非対称二重回折格子ゲート構造のインジウムリン系HEMTプラズモニック検出素子を試作し、ゲート端子から検出信号を読み出すという、新たな検出方式を検証した。この結果、ゲート端子に強い正のバイアスを印加すると、二次元プラズモンの流体非線形整流効果に加え、ゲート・チャネル間ダイオード電流非線形性を重畳するという新たな検出原理「プラズモニック三次元整流効果」が現れることが分かった。
この原理を適用したところ、従来に比べ一桁以上も電流検出感度が向上した。しかも、素子の出力インピーダンスを50Ωに整合させることが可能となり、多重反射による波形ひずみの課題も解決した。
研究グループは試作した素子に、高強度のテラヘルツパルス光源「is-TPG」を用いて、中心周波数が0.8THz、ピーク電力が243W、パルス幅が150ピコ秒というテラヘルツパルスを入射した。そして素子のゲート2端子から出力される光起電圧の時間応答波形をオシロスコープで観測した。素子のゲート端子からオシロスコープまでは50Ω伝送路系で接続した。しかも、一連の実験は全て室温環境で行った。
ゲート2端子へ印加するバイアスを負から正に変化させて光起電圧出力応答波形を観測したところ、ゲートバイアスが正方向に上昇するとともに、光起電圧のピーク値は指数関数的に増大した。こうした光起電圧の向上は、ゲート・チャネル間ダイオード電流非線形性に関係していることが実験により分かった。
一方、正のバイアスを加えた時の時間応答波形には、パルス幅150ピコ秒の入射テラヘルツパルス波に対応する出力パルス波形の後に、10ナノ秒以上続くすそ引き波形が観測された。これを解消するため、「逆HEMT」と呼ばれる層構造の素子を試作した。キャリア供給層をチャネル層の下部に移設し、ゲート・チャネル間の電子トンネル輸送経路から取り除いた。これによって、すそ引き波形の問題を解決できたという。
(a)は従来型HEMTのバンド構造およびドナー準位における電子トラップの描像、(b)は逆HEMT構造のバンド構造および電子トンネル電流の描像、(c)は両素子におけるテラヘルツパルス波の入射に対する光起電圧応答波形[クリックで拡大] 出所:東北大学
ピーク光起電圧を基に電流検出感度のドレインバイアス依存性を算出した。この結果、従来型HEMT構造の素子では最大0.49A/Wの検出感度となった。この値は、ドレイン端子から出力光起電圧を検出する従来方式と比べ、1桁以上も上回るという。ショットキーバリアダイオードと比べても検出感度は高い。今後、最適なデバイス設計を行えば、高速の応答性を維持しながら、テラヘルツ検出感度もさらに向上できるとみている。
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