交互積層型の電荷移動錯体で高伝導化に成功、有機電子デバイスへの応用に期待:「電気が流れにくい」通説を覆す(2/2 ページ)
東京大学らの研究グループは、ドナーとアクセプターの分子軌道を混成することで、交互積層型電荷移動錯体の高伝導化に成功した。大量合成が可能な塗布型有機伝導体材料として、有機電子デバイスへの応用に期待する。
極めて高い室温伝導度
単結晶構造情報を基に第一原理計算から結晶軌道を算出した。この結果、ドナーの最高占有分子軌道(HOMO)由来の軌道と、アクセプターの最低非占有分子軌道(LUMO)由来の軌道が強く混成し、ドナーとアクセプターのどちらにも非局在化していることを確認した。
単結晶の電気抵抗率を測定した。これにより、合成した錯体の室温伝導度は、従来の交互積層型電荷移動錯体と比べ極めて高く、とりわけ2S-F4は一次元単結晶として最高レベルの0.10Scm−1となった。この単結晶の光反射率を測定することで、ドナーとアクセプターの間で二量化が形成されていることを確認した。
ドナーとアクセプターが等間隔に積層した錯体であれば、伸縮振動モードは振動方向と直交するπ積層方向において赤外不活性となるが、実験では赤外活性なモードとして観測された。第一原理計算により、これは電子−分子内振動(EMV)結合に基づいたものであることが判明。ドナーとアクセプター間で二量化を伴う構造的な揺らぎを生じていることが分かった。
大型放射光施設「SPring-8」のBL02B1を活用した室温での単結晶構造解析結果なども踏まえ、合成した錯体では、二量化に伴うスピンの組み残し効果などにより、高い伝導性が発現したとの見方を強めている。
研究グループは開発した錯体の電気抵抗率を測定した。この結果、282K(9℃)では急峻(きゅうしゅん)かつ可逆な温度変化を示し、同時にEMV結合由来のシグナル強度は増大することが分かった。これは、中性−イオン性境界特有の構造的な揺らぎが反映されたためだという。
今回の研究成果は、東京大学物性研究所の藤野智子助教(JSTさきがけ研究者)、森初果教授らの研究チームと同大学院新領域創成科学研究科の岡本博教授、有馬孝尚教授の研究チームおよび、分子科学研究所の中村敏和チームリーダー、岡山理科大学の山本薫教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の中村唯我研究員らによるものである。
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