25%の半導体関税が課されたら…… 米国民の負担が増えるだけ:大山聡の業界スコープ(86)(3/3 ページ)
米国のトランプ大統領は2025年2月、半導体に税率25%前後の輸入関税を賦課する可能性があると明かした。実際に半導体にこのような関税がかけられるとどうなるか、予測してみた。
半導体関税が課せられたら……
TSMCの最大顧客であるAppleの場合、TSMCが製造した半導体の大半は米国ではなく、Appleの主力製品であるiPhoneなどの製造を担当するHon Hai(鴻海精密工業)の中国工場に向けて出荷される。米国への輸出ではないので、関税はかからない、と考えられる。
2番目の顧客であるNVIDIAの場合、NVIDIAの売上高の大半がGAFAMなどのデータセンター向けなので、TSMCが製造した半導体は米国に出荷される。つまり25%関税の対象となり、ただでさえ高価なGPUを1.25倍の値段で米国顧客が買うことになる。
Qualcommの場合、売上高の8割から9割が中国を含むアジア向けで、Hon HaiなどのEMSあるいはスマホメーカーに出荷される。Appleのケースと同様、関税はかからないことになる。
Broadcomの場合、データセンターを含むITインフラ機器向けが中心なので、米国向け出荷が多そうに思えるが、そのインフラ機器の多くが中国や東南アジアのEMS工場で組み立てられる。比率にして約8割程度。これらは関税がかからないだろう。
AMDの場合、PC向けとデータセンター向けが同じくらいの比率であり、5割近くが米国(データセンター)向けと思われる。おおむね半分が25%関税の対象になるだろう。
台湾が米国から半導体製造を奪ったのではない
結論として、半導体の形状で米国に輸出されると25%関税がかかるのであれば、中国や東南アジアなどでボードあるいはシステムに組み立てて米国に輸出するなど、関税対象から逃れる手段を選ぶことになりそうだ。トランプ政権は、それならボードやシステムも関税の対象に含めよう、という動きに出るかもしれない。結果として、米国民の負担が増えるだけ、ということになるのではないだろうか。しかも1年以内に関税率を25%より高い水準に引き上げるとなると、米国民の負担はさらに増えるだろう。米国で最新のiPhoneを買うと、いったいいくらになるのだろうか。
トランプ大統領は「台湾が米国から半導体産業を奪っている」と主張し、米国に取り戻すと記者団に語っているようだが、米国のファブレスメーカー各社は、AMDを除いて最初から工場を持っておらず、TSMCなどのファウンドリーに製造を委託するビジネスモデルで動いている。従って台湾が米国から製造を奪ったのではない。そしてIntelの業績が悪化したのはIntel自身の問題である。Intelがファウンドリー事業で苦戦しているのは、台湾のせいではない。恐らく、各メディアの記者たちは、その辺の事情を十分理解した上で、「トランプ大統領がこのように主張している」と報道しているのだろう。その証拠に、この件を深堀した記事を見たことがない。
ただ、非常に露出度の高い大統領なので、内容が間違っていようが、振る舞いがむちゃくちゃであろうが、その言動や行動が筆者の目や耳に飛び込んでくるのである。
筆者としては「半導体に関税をかければ、米国民にその負担がかかる」と確信しており、米国内でも大きな反発があるだろうと予想している。しかし、今の米国では何が起きても不思議ではないので、今回は今のうちに思うところを書いてみた次第である。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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