前門の虎、後門の狼 ―― 日本の半導体はどうすべきか:大山聡の業界スコープ(94)(2/2 ページ)
中国のパワー半導体メーカーが急速に台頭し、日欧勢を脅かしている。AIブームで勢いづくロジック・メモリ分野では日本が蚊帳の外にあり、パワー半導体でも中国勢が猛追。AIブームに乗れずレガシー分野でも競争が激化する日本は、まさに「前門の虎、後門の狼」の状況にある。
ロジックとメモリの「二極化」が深刻化
ネガティブな話を続けて恐縮だが、問題はこれだけではない。ここで本連載の2025年7月公開記事「二極化した半導体市場――日本はどうするべきか?」を思い出してもらいたい。世界半導体市場はロジックとメモリが他のデバイスを大きく引き離す勢いで伸びており、半導体市場が二極化していることを指摘した。あれから4カ月、その傾向はますます強まっており、しかも当面はこの状況が続きそうな見通しである。
なぜなら、現在ブーム化しているAI市場はまだ黎明期の段階で、今後まだまだ成長する余地がある。そしてAIの実現には膨大なデータ処理が必要で、最先端のロジックとメモリが不可欠であることが理由である。
しかし、半導体製造に関していえば、ロジックの製造はTSMCに、メモリの製造はDRAM大手3社に大きく偏っている。日系企業は残念ながら蚊帳の外だ。例外としては、NAND型フラッシュメモリ専業のキオクシアが積極的に設備投資している。しかし、AI特需が発生しているのはDRAM市場であり、NANDフラッシュ市場への影響は限定的である。DRAM大手のマイクロンが日本の広島工場で量産しているが、日本の半導体製造活性化に貢献しているかといえば、そこまでのインパクトはない。TSMCが日本の熊本で量産を立ち上げているが、最先端プロセスを導入しておらず、その稼働率は5割前後にとどまっているのではないか、という臆測も飛び交っているのが現状である。2nmプロセスを立ち上げようとしているRapidusは、量産は早くても2027年からの予定だ。
経済産業省によれば、日本国内における半導体製造は5兆円前後の規模で推移している。TSMCの誘致やキオクシア、マイクロンの設備増強などで、2025年は6兆円近くに増加している可能性はある。だが、2025年の世界半導体市場は100兆円超が確実視されており、日本の製造シェアは6%未満にとどまる見込みである。2025年7月の記事でも述べたが、日本政府はこのシェアを15%程度に回復させたい意向である。しかし2030年の世界半導体市場は恐らく150兆円規模に拡大しているだろう。ロジックとメモリ向けの投資が比較的小さい日本での生産規模は、10兆円も極めて高いハードルになる。このままでは世界市場の成長からどんどん引き離されることになりそうだ。
欧米も混乱、唯一伸びる中国
日本と同様、欧州も世界市場の成長から引き離される可能性が高い。欧州メーカー、欧州市場、いずれもロジックやメモリの生産や消費が相対的に少ない。Infineon、ST、NXP Semiconductorsなど、欧州を代表する半導体メーカー各社の世界シェアも今後下落することになりそうだ。そして彼らが得意とするパワー半導体分野では、中国企業が台頭してくるだろう。
米国は米国で多くの混乱を抱えている。NVIDIAのような有力ファブレスメーカーがいることは強みだが、TSMCの米アリゾナ工場は台湾よりコストが5〜20%も割高で、ファブレスメーカーの負担になっている。これまで王者だったIntelは製造部門の切り離しがなかなか実現できず、苦労を強いられている。さらにトランプ関税が半導体に発動されれば、米国半導体業界は大打撃を受けるだろう。
「前門の虎、後門の狼」――日本への警鐘
話を整理すると、昨今のAIブームに乗っている半導体メーカーはNVIDIA、TSMC、SK hynixなど一部のメーカーに限られ、AIブームのに乗れていない企業や地域がある。米国ではAIブームに乗っている企業と乗れていない企業が混在している。日欧米の混乱とは対照的に中国ではパワー半導体を中心に着々と力を付けている。
このように半導体市場全体としては予断を許さない状況が続いている。日本だけが問題を抱えているわけではないが、AIブームに乗れない、パワー半導体などレガシー分野の状況が厳しくなる。まさに「前門の虎、後門の狼」状態である。日本政府としては、現状を踏まえて今後の戦略を見直す必要がありそうだ。まず、認識が不足している民間企業の目を覚まし、もっと政府と建設的な話し合いをするように誘導すべきだろう。半導体を「国家にとって重要な産業」と位置付ける以上、もっと民間企業に危機感を植え付けるくらいの行動が必要かもしれない。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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