「隠れた化学反応」をAIが可視化する新アルゴリズム 次世代材料開発に:静岡大学と分子科学研究所
静岡大学と分子科学研究所は、実験で観測できない「隠れた反応経路」を再現/予測できるアルゴリズムを開発した。AIによって導かれた「潜在変数」が、化学反応の本質的理解や有機分子材料の設計に役立つことを示した。
90%を超える収率で目的の生成物を得ることに成功
静岡大学と分子科学研究所は2025年11月、実験で観測できない「隠れた反応経路」を再現/予測できるアルゴリズムを開発したと発表した。AIによって導かれた「潜在変数」が、化学反応の本質的理解や有機分子材料の設計に役立つことを示した。
有機合成化学では、複雑な反応系だと実験で観測できない中間体や副経路が存在するという。このため化学者は、反応の全体像を把握するため試行錯誤を重ねてきた。こうした中で研究グループは、AIが導いた潜在変数を用い、隠れた反応経路を再現/予測できるアルゴリズムの開発に成功した。
開発した手法を、ペルフルオロヨード化ナフタレン類の合成反応に適用した。この結果、まだ知られていない反応条件で生成物の収率を高い精度でAIが予測し、実験では観測できない反応経路を外挿的に導いた。
さらに、AIが導いた潜在変数は分子の電子的特徴を反映していることを明らかにし、AIが化学反応の本質的理解に寄与することを実証した。しかも、高い収率を予測した外挿条件を基に合成実験を行ったところ、90%を超える収率で目的の生成物を得ることに成功した。
研究グループは「本研究は、AIが化学者の経験や知見を補完しながら有機合成を支援するという、新しい研究スタイルを提示するものだ。AIが提案した潜在変数を化学的に解釈することで、反応の電子的要因を理解し、分子設計に応用できることを示した」と述べている。今後は、触媒反応や有機半導体合成など、より複雑な反応系への展開が期待される。さらに、AIと実験化学を統合するこの手法は「有機合成のデジタル化と自動化を推進する基盤技術として、持続可能なものづくりや次世代材料開発にも貢献すると考えられる」としている。
今回の研究成果は、静岡大学の武田和宏准教授と、分子科学研究所の大塚尚哉助教、鈴木敏泰博士、椴山儀恵准教授らによるものだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
東北大学ら、テラヘルツ光で光ダイオード効果を観測
東北大学と静岡大学、大阪大学および、神戸大学の共同研究グループは、コバルトオケルマナイトにおいて、テラヘルツ光の一方向透過性(光ダイオード効果)を観測した。また、理論計算により一方向透過性と特異な吸収の起源が「自発的マグノン崩壊」であることも明らかにした。
アトピー性皮膚炎の診断支援に向けたAI画像解析技術、広島大学
広島大学は「Medtec Japan 2024」(2024年4月17〜19日/東京ビッグサイト)に出展し、AI(人工知能)画像解析技術を応用して、アトピー性皮膚炎や大腸がんの診断を支援する研究などの成果を展示した。
シリコントランジスタ上で同時に電子と正孔が存在
静岡大学と島根大学の研究チームは、ゲート電圧を制御することにより、シリコントランジスタ上で同時に電子と正孔を存在させることに成功した。しかも、電子と正孔の距離は約5nmと極めて接近しており、「強く束縛したペア(励起子)」を生成していることが分かった。
低次元超伝導体でSiCとの界面に「カルシウム金属層」
東京工業大学と分子科学研究所の研究グループは、グラフェン−カルシウム化合物において、支持基板であるSiC(炭化ケイ素)との界面にカルシウム金属層が形成されることを発見した。金属層の影響で超伝導転移温度が上昇するため、温度耐性に優れた量子コンピュータを実現できるとみている。
交互積層型の電荷移動錯体で高伝導化に成功、有機電子デバイスへの応用に期待
東京大学らの研究グループは、ドナーとアクセプターの分子軌道を混成することで、交互積層型電荷移動錯体の高伝導化に成功した。大量合成が可能な塗布型有機伝導体材料として、有機電子デバイスへの応用に期待する。
CNTの近赤外発光、これまで以上の長波長域で発現
東京学芸大学の研究グループは、分子科学研究所や東北大学、長崎大学と共同で、カーボンナノチューブ(CNT)に適切な化学修飾を行い、これまで以上の長波長域に近赤外発光を発現させることに成功した。
