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He/ナフサ供給危機で工場新設も遅延? 装置/チップメーカーへの波及経路を探る湯之上隆のナノフォーカス(90-2) He/ナフサ供給危機と半導体(2)(1/4 ページ)

中国情勢に伴うヘリウム(He)とナフサの供給危機問題を解説するシリーズ。今回は、製造装置メーカーとチップメーカーへの波及経路をたどりながら、短期〜中長期的な影響を推測する。さらに、政府による「ナフサ4カ月在庫」議論が“的外れ”である理由を述べる。

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第4章:装置メーカーとチップメーカーへの波及経路

 第1章と第3章で示した、ヘリウム(He)やナフサといった材料・ガスの供給危機は、半導体産業構造の上で誰に、どう波及するか。本章では、装置メーカーとチップメーカーそれぞれの影響経路を分析する。

4.1 装置メーカー(その1):「売って終わり」ではないビジネスモデル

 現代の半導体装置メーカーのビジネスは、装置販売と保守・部品・サービス(いわゆるアフターマーケット)の二本柱で成立している。主要各社のアフターマーケット比率は、各社Annual Report(FY2023)を基にすると、おおむね以下の水準にある(図4


図4 主要装置メーカーにおけるアフターマーケット事業の売上、利益率、He/ナフサ依存度。注)アフターマーケット事業の売上および利益率は各社のIR資料(FY2023)に基づく[クリックで拡大]

 アフターマーケットの粗利益率は装置販売より高く、各社の収益基盤となっている。この事業は、FFKMシール、PFA配管部品、PFPE潤滑油、特殊ガス、消耗品および、フィールドエンジニアと呼ばれる技術者の派遣によって成立している。

 ここで、第3章で述べたナフサ/PFAS供給ショックが効いてくる。シール、潤滑油、配管部品が供給されなければ、装置メーカーはサービス契約を履行できない。サービス契約の不履行は、単に売り上げを失うだけでなく、以下の連鎖を生む。

  1. 顧客ファブの装置稼働率低下
  2. メンテナンス遅延による装置劣化とプロセス不成立
  3. 予定外停止と歩留まり低下
  4. 装置メーカーへの補償請求・信頼失墜

 装置メーカーは自社で素材を作っているわけではない。Chemours、Daikin、Syensqo、DuPontから買ってきた部品を組み立て、認定し、顧客に供給している。素材サプライチェーンが切れれば、装置メーカーのビジネスは川下側から枯れていく。

4.2 装置メーカー(その2):新規装置の製造も止まる

 既存装置の保守・メンテナンスサービスだけでなく、新規装置の製造もナフサ/PFAS危機の直撃を受ける。ASML、Applied Materials、Lam Research、東京エレクトロン、ASM、KOKUSAI ELECTRIC、KLAのいずれも、装置1台に数千〜数万個のフッ素系シール、数百メートルのPFAチューブ、数十種類のエンプラ部品を使う。

 特に、ASMLのEUV装置は真空系の複雑さから、シール・配管部品の使用量が従来のDUV装置より大幅に多い。EUVの量産ランプアップ期にナフサ/PFAS供給が細れば、装置の納期遅延が直接、先端ファブの立ち上がり遅延に連鎖する。

 TSMC(台湾、米国アリゾナ、日本熊本、ドイツ)、Samsung Electronics(韓国、米国テイラー)、Intel(米国、イスラエル、アイルランド)、Micron Technology(米国、広島、台湾、シンガポール)、SK hynix(韓国、米国)、Rapidusなどの先端ファブ建設計画は、いずれも装置納期を前提に組まれている。装置が届かなければ、建物だけがあるファブが出現する。これは既に一部で起こり始めている。

4.3 チップメーカー(その1):歩留まり低下という「見えない被害」

 チップメーカー側の影響は、第1章で分析した通り、歩留まり低下として最初に現れる。He依存の高いドライエッチング工程から品質マージンが削られ、先端ノードほど影響が大きい。

 ここで重要なのは、歩留まり低下の問題は、政府機関の統計には現れにくいということである。半導体工場が止まれば報道され、政府が動く(かもしれない)。しかし、歩留まりが5%、10%低下しても、半導体工場は稼働を続け、出荷も続く。しかし、産業能力は、確実に、静かに失われ続ける。

 そして、TSMC 3nm/2nmラインで歩留まりが数パーセント低下すれば、NVIDIAのGPUやBroadcomが設計するAI ASICなどのAI半導体、IntelやAMD向けのCPUやGPU、Apple「iPhone」用Application Processor(AP)などモバイルSoC(System on Chip)の供給を直撃する。

 Samsungも同様である。加えて、Intelの18Aノード、Rapidusの2nmパイロットラインは立ち上がり期そのものに危機が重なるため、仮に2nmロジックを量産可能なプロセスフローを構築できたとしても「そもそも歩留まりが全く上がらない」というシナリオが想定される。

4.4 チップメーカー(その2):半導体工場立ち上げの遅延

 新規半導体工場の立ち上げには、装置納入、設置、認定(qualification)、プロセス調整、歩留まり向上という段階がある。各段階で特殊ガス、特殊素材が大量に消費される。He供給途絶、ナフサ/PFAS起因の部品や材料の供給遮断はそれぞれ以下の形で影響する。

  1. 装置設置段階:PFA配管、FFKMシールの供給遅延で装置立ち上げが遅れる
  2. 認定段階:He供給不安定でエッチングプロセスが認定基準に達しない
  3. 量産立ち上げ段階:歩留まりが計画値に届かず、ランプアップが遅延

 特にRapidusの千歳半導体工場、Intelの米オハイオ半導体工場、台湾で追加の8拠点が計画されているTSMCの2nm半導体工場、同じく追加で2nm5拠点が計画されているTSMCアリゾナ工場および熊本第二工場などは、いずれも立ち上げ期が2025〜2027年であり、ナフサ/PFAS/He危機のピークと重なる可能性が高い。

4.5 波及の非対称性:「先端が最初に、最もひどく」崩れる

 装置メーカーとチップメーカー、両方の影響を通じて一貫する特徴は、「先端が最初に、最もひどく」崩れるという非対称性である(図5


図5 ノードごとのHe依存度、ナフサ/PFAS依存度、総合的な影響度[クリックで拡大]

 レガシーノード(28nm以上)は、He依存度が比較的低く、供給危機に対して一定の耐性を持つ。一方、AI半導体、ハイエンドロジック、広帯域メモリ(HBM)、先端DRAM、3D NANDが集中する先端ノード(7nm以下、とりわけ5nm/3nm/2nm/1.4nm)は、He依存・ナフサ依存・PFAS依存ともに極めて高く、供給危機に対して最も脆弱である。

 ただし、この「先端 vs レガシー」という単純な二分法には重要な例外がある。それが車載半導体である。

 車載半導体は、信頼性・長期供給・アナログ特性を重視するため、28nm以上の成熟ノードを中心に構成されてきた。しかし近年では、自動運転用SoCなど一部用途で16nm以下の先端ノードが採用され、その適用範囲は先端から超成熟ノードの350nm、さらにはディスクリートまで広く分布している。この構造により、車載半導体は先端ノード特有のHe依存リスクと、成熟ノード特有の材料依存リスク(ナフサ由来材料・PFAS材料)を同時に内包することになる。

 加えて、車載半導体は超高品質基準(AEC-Q100等)と長期信頼性を要求されるため、供給危機下では「つくれても使えない半導体」になる可能性が高い。信頼性認定を満たさない代替材料・代替部品で製造された半導体は、車載用途では採用できない。これは実質的に供給途絶と同義である。

 図5に示した通り、影響度はプロセス世代に応じて「壊滅的(3nm/2nm/1.4nm)」から「中程度(28nm以上)」へと段階的に低下するが、車載半導体はこの階層構造の外にあり、ノードの先端・非先端を問わず「かなり深刻」な影響を受ける。

 本節で論じたことは、経済安全保障上、極めて重大な含意を持つ。現代産業のデジタル神経系を支える最も重要な部分が、最も脆い。 そして、産業社会の物理的基盤を支えるモビリティ領域もまた、この脆弱性から逃れられない。

4.6 本章の結論

 本章で論じた警告は、次の一点に集約される。

 He供給途絶危機とナフサ/PFAS由来の部品・材料の供給途絶機器は、装置メーカーのアフターマーケット事業(売上高の24〜40%)、チップメーカーの先端ノード歩留まり、車載半導体の品質基準、そして新規ファブの立ち上げを、同時に崩壊させる。

 しかも、これら3つの影響はサプライチェーンの異なる層で発生する――装置の保守部品(FFKM/PFPE/PFA)、ウエハー製造のガス・薬液(He/フォトレジスト/エッチング液)、ファブ建設時の材料認定(QVL登録)――ため、単一の政策対応や単一企業の努力では吸収できない。層ごとに別個の対応を同時並行で進める必要があり、これが本危機の対応を著しく困難にしている。

車載半導体を介した自動車産業への波及

 加えて、4.5節で論じた通り、本危機は車載半導体の供給を事実上不可能にする。その結果、日本・米国・ドイツという自動車産業を基幹産業とする3カ国において、完成車生産が成り立たなくなる事態が予想される。

 2020〜2022年のコロナ禍・ウクライナ侵攻期にも「半導体不足でクルマがつくれない」という事態は繰り返し発生した。しかし、今回のケースはそれらとは質的に異なる。

 第一に、He供給の中核である中東・北アフリカ情勢(カタール、アルジェリア)に加え、ナフサ供給の要衝であるホルムズ海峡もまた、地政学的緊張の直下にある。中東情勢の緊張緩和の兆しが見えない現状では、供給制約が長期化する蓋然性が高い。

 第二に、前章までに論じた通り、今回の危機は規制主導の構造転換(PFAS規制・3Mの撤退・Solvayの分社化)を伴うため、地政学的リスクが収束しても、構造的な供給制約は残存する。

 第三に、車載半導体は長期信頼性認定を要するため、代替材料・代替部品への切替に通常より長い時間を要する。つまり、危機の入口は早く、出口は遅い。

 この状況が長期化すれば、日・米・独において、裾野が広く、雇用吸収力の大きい自動車産業を壊滅させる危機へと連鎖する可能性がある。自動車産業は、完成車メーカーのみならず、部品メーカー、素材メーカー、物流、販売・整備に至る広大な産業生態系を形成しており、その毀損は各国のマクロ経済に深刻な打撃を与える。

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