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社会人大学院生にしか見えない「ドブ板経験」と「学問」のあいだリタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記(5-1)(1/3 ページ)

今回から実際の講義の話に入ります。博士論文には直結しない講義に出ることは、タイパ/コスパがいいかと言われれば「No」です。全くペイしません。ですが、社会人として「ドブ板を踏んできた経験」があるからこそ味わえる「学問の世界」があるのです。そしてそれは、社会人大学院生にしか見えない景色ではないかと、私は思ったのでした。

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リタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記

3年間の休載を経て戻ってきました。休載していた理由は、私はリタイア(定年退職)間際だったにもかかわらず、「MAS(マルチエージェントシミュレーション)」を研究すべく、社会人のまま大学院博士課程に突っ込んでいったからです。なぜ“そんなこと”になったのか――。そして私をそこまでさせた「MAS」とは何なのか。社会人大学院生の実態を赤裸々に語りつつ、MASを技術的に深掘りしていきます。
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「都市イノベーション学府」という名称ってどうなの?

 私が入学した大学院の名称は「横浜国立大学都市イノベーション学府・研究院」です。

 私、卒業証書(学位記)を見て気がついたのですが、「都市イノベーション学府」という名前は“微妙”です。なんというか、“就職パンフレットの見出し”のような感じすらします。

 このような横文字カタカナの学部名への改称は、最近著しいです。これは、(1)受験生への訴求力:例えば、「経済学部」→古い・堅い、「グローバルビジネス学科」→新しい・就職できそう、というような受験生へのアピール、(2)社会に対する差別化:首都圏ブランドが弱く、偏差値競争で不利な地方大学のメジャー戦略、などが要因のようです。

 ちょっと調べただけでも「キャリアデザイン学科」「グローバルコミュニケーション学科」「カルチュラル・マネジメント学科」など、バシバシ出てきました。これらを日本語に直訳すると、「職業設計学科」「国際意思疎通学科」「文化管理学科」となります。うん、もう、この字面だけで、大学説明会に行く気力がなくなる。

 では、「都市イノベーション学府」を日本語直訳するとどうなるか? 「都市革新学府」となります ―― うん、これは駄目だ。(偏見ではありますが)右翼とか軍国主義の匂いすら漂ってきます(2.26事件を彷彿とさせる)。

 それ以前に、内容として“どこかしっくりこない”ことは、3年間、がっつり勉学と研究をやってきた私自身が感じています。

 なので、今回、ちゃんと考えてみました。

(1)“都市”という対象の特殊性(縦方向の統合)

 都市というのは「地理」「土木」「建築」「社会」「経済」、さらには「心理」「政治」「法律」までを縦に貫いて考えなければならない対象です。ここでいう「縦」とは、現実の都市の中に同時に存在している諸要素の重なりを指します。

 つまり都市とは、インフラから人間の行動、制度、経済活動に至るまでが一体として動いている“重層構造”であり、もはやそれらを分離して扱うことができないほど、複雑で面倒くさい対象になっています。

(2)「文理融合」の政策(横方向の再編)

 一方で都市学は、これらの要素を扱うために、既存の学問分野そのものを横に切り直して再編する必要があります。ここでいう「横」とは、「工学」「社会科学」「人文科学」といった従来の学問区分をまたいで組み替えることを意味します。

 すなわち都市学とは、「インフラ(工学)」「社会(社会学)」「文化(人文)」「経済(経済学)」「歴史(歴史学)」といった領域を横断的に接続した、ごった煮的な統合領域です。文系・理系といった従来のカテゴリー構造では説明できず、常に学問の枠組みそのものを「ぶっ壊しては作り直す」ことを繰り返す運命にある学問です。

 まとめると、都市は“縦に全部乗っている対象”であり、都市学はそれに対応するために“横に学問を壊す分野”である、と言えます。

 このように考えていくと、「都市イノベーション学府」という名称は、分野横断性と魅力を同時に表現するための“曖昧で便利な器(うつわ)”であると言えます。そして現時点において、これを上回る適切な名称が存在しないのです。

 それゆえ、私の感じた「微妙」は正しい。ただしそれは、計算され、設計されつくした“意図的な微妙さ”というべきものだと言えそうです。



 こんにちは、江端智一です。今回もリタイア直前のエンジニアが、若者で溢れる大学キャンパスで繰り広げてきたドタバタをお話します。

 さて、前回の「後輩のやりとり」のパートでお話しましたが、「横浜国立大学都市イノベーション学府・研究院」は、リタイア直前のヘタれたエンジニアであろうが、体力と気力と希望に溢れる若者であろうが、差別しません――要するに「シニアであろうが社会人であろうが、特別扱いしない」ということです(『特別扱いする大学が存在する』ことを知ったのは、前回の後輩との会話の時でした)。

 これを聞いた後、『私が悔しさで、泣き叫んで転げまわったか』と問われると ―― 実のところ、そうでもありませんでした。

江端:「まあ、これから書くつもりなんだけど、大学の授業って、目がくらむほど面白いんだよね。社会人を経験した人間が改めて学ぶと、講義の楽しさがまるで違う」(前回の後半パートの後輩との会話)

 この話を起点に、これから4回にわたって、私がお世話になった4人の先生の講義や研究指導について書いていきます。

 最初は、私の研究指導を行って頂いた田中伸治先生の「交通システム工学」の講義の話から始めます。

「英語に愛されない私」でも、なんとかなった

 ちなみに、「横浜国立大学都市イノベーション学府・研究院」の博士課程(多分修士課程)の授業は、基本的に“英語”で行われます。そして、私の同期の博士課程の学生は全て外国からの留学生でした。

 これによって、私の母校の大学院が、社会人の皆さんから敬遠されるのはイヤなので、今のうちに申し上げておきますが ―― 英語の授業については大丈夫です。心配しないでください

 なぜなら、先生たちのしゃべる英語は、私たち日本人が使う「日本語英語」だからです。私たち日本人が学んできた中学の教科書のキーセンテンスをベースにして、かつ、ゆっくり話して下さるので、交通工学の英単語を補えば、十分に対応可能です ―― 「英語に愛されないエンジニア」である私であっても、なんとかなったのですから。

 ですが ―― 交通工学分野の英単語の補充の方が、私にとっては、大問題でした。なにしろ、私、「電子工学科」に入学し、「ロボットの歩行計画」の修士論文で卒業し、入社後の最初の製品開発は「電子レンジ」で、その後も、目の前に出てくる、業務命令に従って研究テーマを切っては捨てることを繰り返し、リタイアに至りましたが、そのいずれにも「交通工学」は引っ掛かっていなかったのです。

 あまり本当のことを語ると、私が現在、勤務契約をしている会社の株価を下げてしまう心配がありますが、多分、他の会社も同じだと思いますので、ぶっちゃけますね ―― 企業研究員が、その研究分野についての体系的な学問としての知識を持っているというのは『ウソ』です

 あり得ないです。4月に研究の題目を与えられて、翌年3月末に、それらしい研究報告を書き、特許出願をして論文を投稿する、というのが企業研究員の業務なのです。6月までには、それなりのその分野の知識を取得する、あるいは、取得したように見せかけて、9月末までにロードマップを完了、10月からはプロトタイプの開発に着手する ―― そんな無茶苦茶なスケジュールの中で、体系的な学問としての知識なんか、得られるわけがありません

 その分野を学問として体系的かつ俯瞰的に理解したいと思うのであれば、どうしても、専門の教育機関(大学/大学院)に頼らざるを得ないのです ―― そして、それは、現場で実務を行ってきたエンジニアにとっては、なかなか手に入らないものです。

 閑話休題。

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