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メモリ市場が大爆発 「5年の壁」を乗り越えられるか湯之上隆のナノフォーカス(93)(4/4 ページ)

AIの強烈な追い風に吹かれ、メモリ市場が「大爆発」している。この「メモリバブル」はいつまで続くのか。メモリ市場の歴史とともに考えてみたい。併せて、超好況のいまだからこそやっておきたい「不況への備え」を提言する。

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好況の今こそ、不況への「具体的な備え」を

 この好況は、無限に続くわけではない。歴史が示す通り、メモリ市場のプラス成長はどんなに長くても5年で終わり、その後には深い谷が待っている(のではないか)。山が高ければ高いほど、谷は深い。だからこそ筆者は、いま好況に沸く企業に強く訴えたい。「好況のうちにこそ、不況への具体的な備えをしておくべきだ」と。

 バブルの渦中にいると熱狂が永遠に続くかのような錯覚に陥るが、宴は必ず終わる。問題は、宴のあとの厳しい冬をいかに生き延びるかである。具体的には、以下の備えが考えられる。

 第一に、財務体質の徹底的な強化である。今、メモリメーカーには空前の利益が転がり込んでいる。この資金を目先の派手な投資や株主還元だけに使い切ってはならない。数年間赤字が続いても耐えられる潤沢な手元資金(キャッシュ)を積み上げておくべきだ。過去の不況で倒れた、あるいは身売りを余儀なくされた企業の多くは、好況期に財務的な「冬支度」を怠った企業だった。

 第二に、過剰な設備投資への自制である。これは最も難しく、最も重要な備えだ。好況期には各社が競って増産投資に走るが、その投資が立ち上がる2〜3年後には、市場は既に谷に向かっている可能性が高い。シリコンサイクルの本質は、まさにこの「投資のタイムラグ」にある。需要のピークに合わせて造った工場が不況のさなかに完成し、巨大な固定費負担となって企業を苦しめる――この悪夢を避けるには、好況のさなかでこそ投資計画を冷静に見極める規律が求められる。

 第三に、顧客ポートフォリオの分散である。現在の好況は、ハイパースケーラーによるAIデータセンター投資という、極めて少数の需要源に依存している。もしこの投資が止まれば、需要は一瞬で蒸発しかねない。そして、その可能性は高いと筆者はみている(参考文献2)。AI一本足打法に陥ることなく、車載、産業機器、エッジAIなど、中長期的に伸びる多様な市場への布石を、いまのうちに打っておくべきだ。

中東情勢悪化に伴う備え

 ここまでは「需要が消える」というシナリオ、すなわちシリコンサイクルの宿命への備えである。しかし、リスクは需要側だけではない。供給側、とりわけ「製造そのものが物理的に止まる」という地政学的リスクにも、いまこそ目を向けるべきだ。

 実際、2026年3月のイランによるカタール(ラスラファン)液化天然ガス(LNG)施設攻撃を引き金に、半導体製造の物理的基盤を直撃する「三重苦」が、既に同時進行で始まっている(参考文献3〜7)。

 第四に、ヘリウム(He)供給途絶への備えである。Heは、ドライエッチング装置のウエハ裏面冷却に不可欠で、これなしには先端エッチングは「即死」する。原子層堆積(ALD)やスパッタ、先端エピなど精密な温度制御を要する装置の多くも、ウエハー裏面にHeを流すことで成立している。とりわけ2nmのGAA形成や400層超3D-NANDのHARエッチ(縦横比100以上)は極低温の精密制御を前提とし、Heなしには「ウエハー当たり数兆個の孔」を空けることすらできない。

 問題は供給源の偏在だ。世界供給の43%を米国、33%をカタールが担い、HeはLNG施設の副生成物として産出される。前述の攻撃で、世界供給の3分の1が一瞬で消滅した。代替困難な希ガスであるHeが途絶すれば、装置は即停止し、工場は全面停止する。各工場の備蓄は通常3カ月、長くて半年にすぎない。

 それでも今、工場が止まっていないのは、備蓄・リサイクル(TSMCはHeの80〜90%を回収)と、「医療→航空・宇宙・防衛→半導体→一般産業→風船」という優先供給ルールが初期ショックを吸収しているからにすぎず、危機は解決ではなく「先送り」されているだけだ。既に韓国勢は政府主導でLinde・Air Productsと長期契約を結び、TSMCは調達先をカタールから米国へシフトしている。資金に余裕のあるいまこそ、調達先を複数国・複数社へ分散し、戦略的に備蓄を積み増し、リサイクル設備への投資を進めるべきだ。この「地味な備え」が、有事の決定的な差となる。

 第五に、ナフサ不足に起因するフォトレジストの逼迫への備えである。中東情勢の悪化は、ホルムズ海峡封鎖を通じて石油化学のサプライチェーンも直撃する。なかでも警戒すべきがナフサ不足であり、その影響は装置の消耗部品からフォトレジストにまで及ぶが、とりわけ深刻なのがレジストである。

 フォトレジストは、ナフサを出発原料とする。「ナフサ→プロピレン→PGME→PGMEA→レジスト」という長い連鎖でつくられ、特にEUV/ArF/KrFに必須の溶剤PGMEA(プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート)の確保が鍵を握る。レジストがなければ最先端のリソグラフィ工程は一歩も進まず、全ての半導体が製造不能に陥る。

 ここで強調したいのは、フォトレジストはヘリウムよりも危険だという点である。理由は二つ。一つは「代替がきかない」こと。原料を変更すれば再認証が必要で、先端ノードでは数年を要する。もう一つは「長期の備蓄ができない」こと。レジストは「生もの」で長期保存が利かず、一度止まれば逃げ道がない。しかもフォトレジストは、日本企業が世界シェアの90%超(EUVレジストは実質100%)を握る、まさに日本の戦略資産である。それがナフサ途絶によって、世界全体のリスクへと転化したのである。

 従って、好況の今こそ、フォトレジストおよびその原料について、サプライヤーとの中長期契約による安定調達の枠組みを築くべく最大の努力をするべきだ。ただし注意すべきは、レジストやその原料の製造拠点が、日本のみならず欧米韓中など世界に分散していることである。日本国内でナフサを確保するだけでは問題は解決しない。原料確保にとどまらず、サプライチェーン全体を見なおし、石油由来に過度に依存しない代替材料の研究開発にも、潤沢な利益の一部を振り向ける価値がある。

「需要の谷」とは異なる「供給の断絶」のリスク到来

 第四・第五に共通するのは、「需要の谷」とは質の異なる「供給の断絶」というリスクだという点だ。シリコンサイクルの不況は景気循環であり、耐え忍べば春は来る。しかし、地政学的な供給途絶は、好不況を問わずある日突然、製造を止める。

 しかも厄介なのは、He途絶・装置部品枯渇・レジスト不足という三つの危機が相互に増幅し合うことだ。「1+1+1=3」ではなく5倍にも10倍にもなり、最も弱いボトルネックが破綻した瞬間に工場は止まる。皮肉にも、このリスクが最も顕在化しやすいのは、各社が増産に走りHeもナフサも需要が最大化する「好況の絶頂」においてなのである。需要の谷への備えと供給の断絶への備えは、車の両輪として同時に進めねばならない。

 熱狂の渦中にあるいまだからこそ、筆者は、あえて冷や水を浴びせた。過去の全てのバブルがそうであったように、終わりは必ず来る。それは多くの人が思うより早く、急に訪れる。そのうえ好況の真っ只中でも、Heやレジストという「見えにくい急所」を突かれれば、産業は一瞬で麻痺(まひ)しかねない。残された猶予は、恐らく数カ月から長くて半年あまりだろう。

 宴のあとの厳しい冬をいかに生き延び、次の春にどう備えるか。そして宴のさなかに突然訪れるかもしれない供給途絶に、いかに事業継続計画(BCP)を整えるか。それを冷静に考え、行動を始めるべき時は、まさにこの好況に沸く「いま」なのである。手を拱いていれば、手遅れになり、淘汰されることになるだろう。


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筆者プロフィール

湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長

1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年にわたり、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。2023年4月には『半導体有事』(文春新書)を上梓。


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