京都議定書を「トイレ」と“あれ”で説明しよう:世界を「数字」で回してみよう(13) 環境問題(9/9 ページ)
今回は、いよいよ環境問題シリーズの最難関である「京都議定書」を、比喩を使って解説したいと思います。おそらく、こんな比喩を用いて京都議定書を説明した例は、かつてなかったのではないでしょうか。なお、お食事中の方は、本稿を読むのをお控えください。
(付録)「京都サプライズ」に関する考察
―― 来た!
後輩が私の席に近づく時特有の、あのまがまがしい気配を察知して、私は身構えました。
後輩:「江端さん。レビュー終わりました」
江端:「なんだ! 『ウンコ』が下品だと言いたんだろう。だが断わる。変更はしないぞ。温暖化ガスを表現するのに、こんなに的確な表現はないはずだ。地球温暖化問題に対する取り組みは、詰まるところ『国際間のウンコの投げ合い』だ! 文句あっかーー!!」
後輩:「いや、ないです。これでよいと思います」
―― え?
江端:「え? いいの? 本当に」
後輩:「嫌だなぁ、江端さん。それじゃあ、私が江端さんのコラムに『イチャモンをつけること』のみに興味があるみたいじゃないですか」
江端:「……」(読んだな、あれを)
後輩:「ただ、ですね。江端さん」
江端:(そらきた!)
後輩:「この話、読者に理解してもらえるでしょうか」
江端:「どの話?」
後輩:「『京都サプライズ』のことですよ」
江端:「ああ……なるほど」
後輩:「江端さんも私も、IETF(インターネットの国際会議)で、米国のあの見事な『口八丁、手八丁』を目の当たりにしてきたじゃないですか。あの時の、わが国と米国の絶望的な距離感を、読者に理解してもらえるでしょうか(参考文献:江端さんのひとりごと「IETF惨敗記」)。
江端:「やつら(米国のメンバーのこと)、本当に悪魔のように、サクサク会議を進めていくからなぁ」
後輩:「『日本に国際交渉力がない』というのはウソですよ。だって、国際会議のボードメンバー張っているんですからね。ただ、あの『京都サプライズ』のように、会議中にパラダイムをシフトさせてしまうような、あのダイナミズムは日本にはない。これは10年や20年でなんとかできるような話ではありません」
江端:「そうだよなぁ。私だったら、『一度、会社に持ち返って、社長に伺い立ててきます』と言うだろうし、政府間協議なら『一度、日本国政府に打診してから……』という流れになるだろう。で、いつまでも物事が決まらないままズルズルと……」
後輩:「私たち日本人が無能なわけではないです。なぜなら、そのようなやり方は、日本国内においては、利害を調整しながら、できるだけ敵を作らないための、極めて優れた意思決定システムなのですから」
江端:「とはいえ、国際間では、やっぱり辛いな。で、こういう話になると、ディベート教育が重要だ、という話になるだろうけど……」
後輩:「まあ、間違いなく、学校のクラスの中はギクシャクするようになりますね、少なくとも、導入後10年間くらいは間違いなく」
江端:「私自身、『議論の内容と人格を分離して取り扱う』というディベートの初歩の初歩に至れていないと思うよ。IETFで、ものすごく激しい表現で相手の主張を罵倒しあっていた二人が、休憩時間にコーヒーを飲みながらにこやかに話をしているのを見た時の、あの衝撃は今でも忘れられないな」
後輩:「まあ、それはさておき、江端さん」
江端:「ん?」
後輩:「今回のコラム、さぞ苦労されたでしょう?」
江端:「まあね。京都メカニズムを説明するコンセプトがなかなか降りてこなくて。半月も執筆がスタックして、苦しい日々だったよ」
後輩:「なるほど、そこまで苦労すれば、私たちがツッコむこともできないような、これほどの素晴らしい作品が完成する、と」
江端:「ま、まあ、そういうことになるのかな」
後輩:「つまり、これまでの江端さんの作品が、われわれにツッコまれ続けていたのは、江端さんの苦労が全然足りなかったということですね」
江端:「……はい?」
後輩:「江端さん。読者は見抜いていますよ、そこに『苦労した江端さん』が存在するか否かを」
江端:「……」
後輩:「もっと苦労しなければダメですよ、江端さん。あなたは、やればできる人なのですから」
そう言い残し、後輩は去っていきました。
私は今、彼を、どこで、どのタイミングで、何発「どつく」かを計画中です。
『議論の内容と人格を分離して取り扱う』ことは、彼を「どつき回し」た後で、改めて考えることにします。
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Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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