光による磁気弾性波の発生に成功、磁壁・磁区を高速に制御可能:スピン波を用いた磁気メモリデバイス実現へ前進
理化学研究所(理研)の十倉好紀氏、小川直毅氏らによる研究チームは、磁性絶縁体である鉄ガーネット薄膜にフェムト秒レーザー光を照射することで、磁気弾性波を発生させることに成功した。スピン波を用いた磁気メモリデバイスや高速磁気情報制御の実現に大きく前進したとみられている。
理化学研究所(理研)の十倉好紀グループディレクター、小川直毅上級研究員らによる研究チームは2015年7月、磁性絶縁体である鉄ガーネット薄膜にフェムト秒レーザー光を照射することで、磁気弾性波を発生させることに成功したことを発表した。スピン波を用いた磁気メモリデバイスや高速磁気情報制御の実現に大きく前進したとみられている。
今回の研究は、理研の創発物性科学研究センター強相関物性研究グループの十倉、小川両氏の他、強相関理論研究グループでグループディレクターを務める永長直人氏、同上級研究員の小椎八重航氏と国際特別研究員のA.J.Beekman氏、強相関界面研究グループでグループディレクターを務める川崎雅司氏及び、ローム研究開発本部(研究当時)の久保田将司氏らが行った成果である。
今回の研究では、パルス幅が約100フェムト秒のレーザー光を、磁性絶縁体である鉄ガーネット薄膜に照射し、スピン波と結晶中の原子の振動の結合波である磁気弾性波を発生させ、音速で球面波状に伝搬することを確認した。しかも、この磁気弾性波は光の吸収を無視することができる瞬時ラマン散乱で発生しており、伝搬速度と空間パターンの異なる波で構成され、ギガヘルツの周波数で振動するスピン波としての性質を持つことが明らかとなった。
次に、直径4μmに集光したフェムト秒レーザー光を走査して、発生した磁気弾性波を鉄ガーネット薄膜中の磁区に当てたところ、磁気弾性波と磁壁の間で引力による相互作用が働くことが分かった。さらに、磁気構造のサイズや形を変えて相互作用を観測したところ、磁壁の曲率が大きいほど、大きな力が働くことを確認できた。これらの研究成果は、「より省エネルギーなスピン波を用いた磁気メモリデバイスや高速磁気情報制御の実現に近づく重要な結果」と関係者は見ている。
次世代の磁気メモリデバイスとして、より低いエネルギーで磁化の反転が可能となる金属磁性体への電子スピン注入を利用した技術が注目されている。ただ、この方法は金属磁性体には向いているが、磁性絶縁体には適さないといわれている。今回の研究成果は、金属磁性体、磁性絶縁体の双方に適用できる技術として開発した。特に、磁性絶縁体中ではスピン波の減衰が小さくなり、より省エネルギーを実現することが可能になるとみられている。
本研究は、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Science(PNAS)」に掲載される予定である。それに先立って日本時間7月7日のオンライン版に掲載された。
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