制御の世界の“黒船”、TwinCATでメイドを動かす:江端さんのDIY奮闘記 EtherCATでホームセキュリティシステムを作る(9)(13/13 ページ)
SOEMに限界を感じていた私は、ベッコフオートメーションのソフトウェアPLC「TwinCAT3」に手を出しました。そう、文字通り“手を出してしまった”のです。今回は、制御の世界に「黒船」を持ち込んできたTwinCAT3を使ってメイドを動かすまでの、私の苦闘と孤闘の全容をご覧いただければと思います。
嫌な予感
しかし、その一方で、私は嫌な予感がしています。
EtherCAT + TwinCAT3 のような装置やツールによって、IT業界の人間が、大挙してドバっと制御の世界に乱入してくる可能性は高いです。
IT業界の人間が全て「意識高い系」みたいな奴とはいいません。
しかし、「お互いリスペクトできるパートナーシップを築いて、シナジー効果を生んでいって、ブレインストーミングをしながらロジカルシンキングで考えるべきだ」というような、内容がスカスカの用語を頻用するITベンチャーの社長とその社員たちが、
油の臭いのする工場のラインで、現場のエンジニアと大声で怒鳴りながら、泥臭く仕事をする、そういう私たちの世界に乱入してくる ―― 考えるだけでもおぞましいですが ―― そういう時代がやってくる。
「通信フレームを、百万分の1秒(1μs)以内の揺らぎで、毎秒8000個送出する」という超高精度なリアルタイム通信を、EtherCATやTwinCAT3に押しつけて、おいしいところだけ食いにくる奴らがやってくる。
オブジェクト指向とプロファイルとコピペだけで、鼻歌まじりに、制御プログラムを書き上げるヤツらがやってくる。
―― 嫌だ
そんな奴らに、こっちに来てほしくない。
「情報と制御の融合」「IoT」「Industrie4.0」「Industrial Internet Consortium」なんて、私にはどうでも良いことです。
もちろん、制御の情報の融合は素晴らしいことです。IoTは誰にでも制御できて、使えるようなるものであることが望ましいと思う。世界のためにはそれが一番いい。
でも、私(江端)のためには、制御の世界はクローズで構わん。
世界がどうなろうが、私の知ったことか。
「私はあまり世界にコミットしたくないんです。自分だけの世界でぬくぬくしていたいんです」 ―― と、心からそう思っているのです。
そう考えると、―― うん、TwinCAT3の構築やインタフェースは、今のまま難しくていい。TwinCAT3は、「お正月用の年賀状印刷ソフト」のように簡単になる必要はない。
ヤツらがこっちの世界に参入してくることを阻むためにも、TwinCAT3に丁寧な日文翻訳のマニュアルは不要です。「楽々TwinCAT3」の出版も断固阻止です。
しかし、残念ながら、世界は私の思うようには動いてくれないだろう、とも思うのです。
EtherCATは、リアルタイム制御という、制御の世界の最高峰の技術を、「サバのみそ煮定食」くらいの普遍性を持って、この世界に殴り込みをかけてきました。
近い未来に、制御の世界までもが、私の嫌いなTwitterやFacebookのようなSNSの世界のようになるのは、もはや時間の問題だろうと思えます。
本当に、「EtherCATとTwinCAT3の連合軍は、私が最も望んでいなかったパラダイムを、制御の世界に持ち込んできたのだ」と、今、私は深いため息をついています。
Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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