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現場の「見える化」だけでは不十分、必要なのは「言える化」だ“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(10)(1/3 ページ)

須藤たちが進めようとしている社内改革プロジェクトの目的は2つだ。まずは「エバ機不正を解明すること」。そして「企業風土を改善すること」。プロジェクトを手伝うTコンサルは、組織として問題を顕在化することが重要だと説く。つまり、よく言われる「見える化」とともに、問題を指摘できる「言える化」も鍵になるのだ。

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「“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日」バックナンバー


第1回〜9回までのダイジェスト

 小さいころから映画が大好きで、プロ向けの映像機器の開発に携われることは何よりもうれしく、自社(湘南エレクトロニクス)のことを誇りに思っていた須藤。だが、極端なコスト削減や短納期開発などムチャな要求が増える上に、直属の上司である森田課長との確執も強まるばかりだ。なかなか本音が出てこない現場にも、やきもきしながら、組織風土やモチベーションについて、従来以上に敏感になっていった。

 そんな中、須藤たちが満を持して開発した最新のデジタルビデオカメラ「DVH-4KR」のフィールドエバリュエーション(エバ)で、スペック不足とデータ改ざんが発覚する。エバに持ち込んだ8台のうち4台に、須藤たちが部品選定した特殊なA-Dコンバーターではなく、通常のセカンドソースやOEM品で購入されたデバイスであることが判明したのだ。さらに、製品の試験成績書には、なぜかMILスペック(MIL規格:Military Standard/Specification)並みのデータが書かれており、顧客であるCG Cinema社は、データ改ざんがあったとして契約破棄を突き付けてきた。

 なぜ、こういう事態になったのか当初は皆目見当がつかなかったが、製造は国内ではなく海外子会社の湘エレ Asiaで行われたことが分かった。実は、部品購入と試験成績書のデータ改ざんのいずれについても、製造部部長、品質保証部課長、さらに品質担当役員までが加担しているのだが、まだ須藤たちは、不正に関与した人間が社内にいるとは気付いていない。

 これに追い打ちをかけるように、マスメディアが湘エレの不正問題をたたき出す。急激な顧客離れで経営危機にまで追い込まれた湘エレは、希望退職を含む経営刷新計画を発表。最終的に450人が退職した。

 須藤は、お世話になった先輩社員が会社を去る寂しさと悔しさ、自分の無力さにいても立ってもいられず、たった1人でこの会社を何とかすると立ち上がる。このプロジェクトは、社外の東京コンサルティング(Tコンサル)の支援を受けながら、経営刷新計画の一環としてオフィシャルに始動した。須藤たちの動きをよく思っていない社員もいるが、応援してくれる人もいる。だからこそ頑張れると、須藤は思い始めていた。そして、「ありたい姿を描く」――Tコンサルの杉谷と若菜から言われた言葉は素直に須藤をはじめ、プロジェクトのコアメンバーの心には突き刺さっていた。

向き合うべき2つの問題

 須藤たちプロジェクトのコアメンバーには、やるべきことが大きく2つあった。

 1つは、今回のこの経営危機を招いた『エバ機不正問題』だ。なぜ、技術部開発課が選定した部品が搭載されていなかったのか。なぜ、試験成績書のデータが改ざんされていたのか――。既に、不正発覚直後に行われた対策会議では、製造部と品質保証部に原因究明を求めていたが、不正に加担した役職者が当該部門にいる彼らが真剣に調査などやるわけがなく、希望退職などの社内のごたごたに乗じて、うやむやになったままだった。

 もう1つは、『湘エレの立て直し』だ。会社の風土改革と言ってもいい。本音で話ができる組織づくり(図1参照)ともいえる。須藤たちは、これまでコアメンバーとのディスカッションやTコンサルの杉谷、若菜たちの話から、問題の根っこは企業体質・組織風土にあると確信していた。


図1:本音で話ができる組織づくり(クリックで拡大)

 目に見えない風土は知らぬ間に社員の行動特性にマイナス影響を及ぼし、自由に意見が言えない雰囲気を作り出してきた。自らの考えや信念に従い、物事を決めて前に進むのではなく、誰かが言ったことに従っていれば自分には責任は及ばない。こういう無責任な仕事のやり方がいつしか常態化していることに誰も気付かなかった。

 営業は顧客の言うことを全て真に受け、開発に対しては「顧客が要求しているんだから……」のひと言でそのまま丸投げする。中間管理職は上だけを見て仕事をし、コストや納期の無理な削減を開発現場に要求する。当初は、とがった製品構想であったにもかかわらず、全ての要求を受け入れた製品は、いつの間にかどこにでもあるありふれた製品になってしまう。

 開発メンバーが誰も文句を言わず、言われっ放しの状態になっていることに腹立たしさを感じてきた須藤たちが、渾身の力を込めて開発した製品が、DVH-4KRだった。その製品が、不正問題の発端となってしまったのだ。行き場のない怒りが、湘エレの企業体質に起因するものであるならば、これを正さなくてどうするんだ――。須藤はそう思っている。

 須藤たちは、1つ目の不正問題については「ハード改革」の要素が必要だと考えていた。一方、2つ目は、いわば組織風土の改革である。湘エレでは、組織風土の問題が、マネジメントや組織全般に影響を及ぼし、1つ目の不正問題もこの企業体質が招いたともいえる。従って、「ソフト改革」を随所に盛り込まなければならないと考えていた。


図2:ハード改革とソフト改革(クリックで拡大)

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