へつらう人工知能 〜巧みな質問を繰り返して心の中をのぞき見る:Over the AI ―― AIの向こう側に(9)(10/10 ページ)
今回は、機械学習の中から、帰納学習を行うAI技術である「バージョン空間法」をご紹介しましょう。実は、このAI技術を説明するのにぴったりな事例があります。それが占いです。「江端が占い師に進路を相談する」――。こんなシチュエーションで、バージョン空間法を説明してみたいと思います。
江端の本音「AI技術によって、全ての占い師を消滅させたい」
それでは、今回のコラムの内容をまとめてみたいと思います。
【1】これまでの3回のAIブームの全てで必ず登場してきた「人工知能が人類を滅亡させる」のフレーズについての検討を行いました
【2】さまざまな文献、ネット情報より、私たちが「人工知能は人類に反乱するものであって、人類を滅亡させて欲しい」と願っていることを明らかにしました。また、そのような種類の文献の著者は、AI技術に対して絶望的なまでに無勉強(×不勉強)であり、AIとAI技術の違いを理解しておらず、仮に理解していても、AIの技術内容の理解が、目もくらむほどデタラメであることを、実例で明らかにしました
【3】「人工知能による人類滅亡論」を唱えている人の、記述レトリックを明らかにして、それが論理破綻していることを明らかにしました。また、実際のAI技術の内容の検証を行い、AI技術単体であっても、それらを複合されたものであっても、人類を滅亡させるAI技術のシナリオは作れないことを明らかにしました
【4】一方、コンピュータの誤動作等による人類滅亡の危機は、これまでも現実に存在していたこと、また、今後もその可能性が十分にあることを、過去の実際の事故を例示して明らかにしました。加えて、「人工知能による人類滅亡論」がどれほどナンセンスであったとしても、エンジニアへの警鐘として意味がある、という江端見解を、「原発事故の発生確率『10億年に1度』という安全神話の理論の破綻」の事実から論述しました
【5】「占い師の目的が『利益』であり、その手段として『顧客の欲しがっている答えを発見して『へつらう』(だけ)』」という仮説を使って、機械学習の1つである、帰納学習を行う「バージョン管理法」について説明しました
【6】また、「バージョン管理法」に基づく占い師の行動をシミュレーションして、その手法のアルゴリズムを説明しました
以上です。
今回は、「人類には『AI技術によって人類を滅亡させて欲しい』という願望がある」、という、江端持論を展開しましたが、もちろん、私は、これが一般的な社会通念であるとは思っていません。
しかし、私(江端)の「AI技術によって、全ての占い師を消滅させたい」という願望は、うそ偽りなく本当です。特に、「情報量ゼロ」の「私の気持ちに『へつらう』」だけの占い師なんぞ、まとめて全滅したいです。その程度のことをするだけなら、占いブースには、PCが1台鎮座しているだけで十分です。
ところで、PCと言えば、学生時代(の学園祭で)、「PC占い」は大人気でした。多くの大学生たちが「コンピュータってすごいね! すっごく当たっている!!」と叫んでいましたが ―― その占いのプログラムをPC9801に入力していたのは、当時、大学生だった私の嫁さんです。
嫁さんは、PC専門誌に記載されていた、訳の分からない呪文のような文字列を、ただPCに打ち込んでいただけでした。そして、嫁さんは、現在も、プログラミングについて全く理解していません。
それはさておき。
別段、私が熱くならなくても、実際のところ、「占い」を真剣に信じている人は、そんなにはいないのかもしれません。
彼らは、占い師とのコミュニケーションによって、自分の悩みを言語化して第三者に渡すことで気持ちがラクにすることができ、そして、アドバイスを ―― それが情報量ゼロのアドバイスであっても ―― 受け取ることに対して、対価を支払っているのだと思います。
そして、私たちが、占いによって、自分の心の中を具現化(言語化)したいと思うのと同様に、私たちの「人類を滅亡させたい」という気持ちも具体化したいと思っているのかもしれません。
しかし、政治も軍事も地政学も分からない私たちは、結局のところ、その方法が分かりません。
だからこそ、私たちは「人類を破滅させる人工知能」なるものを、考えずにはいれらないのかもしれません。
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Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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