「非正規雇用」の問題は、「国家滅亡に至る病」である:世界を「数字」で回してみよう(42) 働き方改革(2)(11/11 ページ)
ネガティブな面ばかりがフォーカスされる「非正規雇用」ですが、実際はどうなのでしょうか。今回は、「バーチャル株式会社エバタ」を作り、非正規雇用が会社にもたらす効果をシミュレーションしてみました。さらに、非正規雇用に起因する社会的問題が、なぜ看過できないものなのか、そこに存在する深い闇をまとめていきたいと思います。
「正規」「非正規」を意識したことがない?
江端:「非正規雇用の問題が、若い世代に偏っているのは明らかなんだけど、最近の若い世代って、何か覇気がないような気がするんだ」
後輩:「どういう風に?」
江端:「私たちの世代には、一定数の『不良』がいたんだよ。リーゼントという奇妙な頭髪をして、煙草をふかして、公道を闊歩(かっぽ)することや、校内の窓ガラスを破壊することを、カッコいいと信じていた自己を客観視できない『不良』と呼ばれるやつらが」
後輩:「で?」
江端:「でも、そういう『不良』を、最近私は見かけることができなくなったような気がするんだ」
後輩:「そりゃ当然ですよ。第一に子どもの数が減っていますからね。加えて、今や、若い世代の中にあっては、煙草なんぞ吸っている奴は、『馬鹿』の代名詞で、『かっこ悪い』の最上級ですよ」
江端:「じゃあ、大人の世代で、煙草を吸っている人間は……」
後輩:「うん、最も知性のない若者から、『最も頭の悪い大人』として見られているんでしょうねえ」
江端:「まあ、『不良』なんぞやっていた奴を弁護する気持ちなんぞ、今もっても1mmもないけど、それでも、一応、親とか学校とか社会という権力に楯突く『反権力』なる気持ちを持つことは、若者の特権なんじゃないのか?」
後輩:「……ああ、そういえば、江端さん。今回の、この『非正規雇用』のコラムも、『当事者対立構造』で、問題の把握を試みていましたね」
江端:「まあ、裁判においても、当事者が自己の利益のために主張・立証を行うことが最速かつ効率的にカタがつくとして採用されている方法だし、弁証法的にも……」
後輩:「いや、そうじゃなくてですね。江端さん、多分、これは、日本人全部に該当することは思いますが、特に若者についての感性を本質的に見誤っていますよ」
江端:「へ?」
後輩:「彼らには、対立する対象がないんですよ。もっとぶっちゃけて言ええば『闘うべき敵』はいないんですよ」
江端:「え? えーー! え、え? ウソだろう? 『敵』を認定しない人生ってあるの? 私の人生で、『敵』が存在しなかった時間って1秒もないよ*)」
*)ここで言う「敵」とは、人間だけでなく、ノルマだったり、納期だったり、税務署であったり、政治家や、国内外の権力者とか、とにかく、私(江端)を煩わせるさまざまな面倒事です。
後輩:「……江端さん。なんで、いつでもそんなに『好戦的』なんですか」
江端:「そうじゃなくて、『対立する対象』なくして、どうやって自分自身の立ち位置を見つけることができるんだ、てこと」
後輩:「ひと言で言えば『空気』ですね」
江端:「『空気』って、あの『空気を読め』の『空気』か?」
後輩:「今や、もう、『昔は○○だった』とか『常識』とかという言葉、全然、力を発揮していないじゃないですか」
江端:「確かに、私の世代では、その『昔は○○だった』とか『常識』とか言うものが、対立軸だったと思う」
後輩:「そういうものは、情報が統制されて封鎖されている時代*1)には、有効に機能していたんですよ。しかし、今のネット社会では、そのような価値観が、多くの人に支持されていないことがバレバレになってしまった上、常識*2)の内容も片っ端から解体、検証されて、現在にあっては、対立軸としてすら認識されません」
*1)例えば、母親が結婚をしない娘に対して『友達の●●ちゃんが、先月結婚したんだって』という情報を一方的に与えるような行為
*2)「結婚すれば幸せになれるのよ」「子どもを持って一人前の大人だ」という何の根拠も証拠もないフレーズなど
江端:「なるほど、『敵』がいない、と。だから『空気』である、と」
後輩:「『空気』の方が面倒かもしれませんよ。『空気』の中に存在し続ける為には、『空気』の外のものを見つけ出して、排他的に攻撃を続けなければならないからです」
江端:「ん? それって、『敵』じゃないの?」
後輩:「『敵』ではないです。なぜなら『空気』の外のものは、せん滅する対象ではないからです。攻撃といっても、それはしょせん、『私は、この空気の中にいるよ』『空気の外に出ていくつもりはないよ』のアピールであり、デモンストレーションにすぎないからです。
江端:「なるほど、つまり『正規雇用』と『非正規雇用』はカテゴリー的には存在しているだけで、ネットで騒いでいる人間はただ騒いでいるだけで、そこには実体と呼べるものがない。そういう面でも『空気』である、と」
後輩:「私たちの多くは、自分が『正規雇用』か『非正規雇用』のいずれかのグループに属しているというなどという意識すらしたことがないんじゃないでしょうか」
江端:「うん、多分そうだと思う。私もこのコラム書くまで、嫁さんが「非正規雇用」の雇用形態にあるんだ、などと考えたことは、一度もなかったよ」
後輩:「総じて、
■『私たちは、何かの"空気"の中で生き続けられれば十分で、あまり社会とコミットしたくないのです』
■『ささやかで、慎しく自分の回りにいる人間だけでぬくぬくしていたいだけなのです』
■『何かのために立ち上がって闘うなど面倒なこと、これまでもこれからも、する予定はありません』
―― と、まあ、そういうことです」
江端:「分かった」
後輩:「で、江端さんのコラムって、若者だけでなく、現在の日本人の感覚を本質的に見誤っていて ―― だから、『当事者対立構造』なる妙なものを持ち出さなければならなくなって ―― 結局、どれもこれも、的外れな論旨展開に終始してしまうんですよ」
と、言った後、電話のむこうから、後輩の溜息が聞こえてきたような気がしました。
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Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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