産総研、リチウムイオン電池充放電機構を解明:軟X線発光分光を用いて分析
産業技術総合研究所(産総研)の朝倉大輔主任研究員らは、軟X線発光分光を用いてリチウムイオン電池充放電機構を詳細に解析する手法を開発した。
充放電を繰り返しても性能劣化がない電極材料の開発へ
産業技術総合研究所(産総研)省エネルギー研究部門エネルギー界面技術グループの朝倉大輔主任研究員、細野英司主任研究員、松田弘文研究グループ長らは2017年8月16日、軟X線発光分光を用いてリチウムイオン電池充放電機構を詳細に解析する手法を開発したと発表した。この解析手法は、充放電サイクル特性に優れたリチウムイオン電池材料の開発に有用だという。
今回の手法は、大型放射光施設「Spring-8」軟X線ビームラインBL27SUの放射光軟X線発光分光によって得られる、発光スペクトルの電荷移動効果に注目して開発した。結晶を構成する元素間の結合強度を電子状態から議論し、電極材料の構造安定性と充放電サイクル特性を関連づけることによって実現した。
研究グループは今回、放射光X線吸収分光による解析と軟X線発光分光を用い、リチウムイオン電池に用いる正極材料の原子間結合の強さを判定する方法を考案した。この方法を用いて検証したところ、充放電前後における結合力の変化量は、充放電繰り返し特性と相関していることが分かった。
代表的な正極材料であるマンガン酸リチウム(LiMn2O4)は、一部のマンガン(Mn)をアルミニウム(Al)などの異種元素に置換すると、充放電繰り返し特性が改善されることは知られている。LiMn2O4の中で、不安定なMn3+の一部を、安定したAl3+に置き換えることで、構造的に安定性が向上するためだといわれている。
研究グループは、合成したLiAl0.2Mn1.8O4(置換体)と、LiMn2O4(無置換体)の電極材料を採用した電池セルを用意。これらの電池セルを用い、充電と放電を交互に繰り返して充放電容量を測定し、電極材料のサイクル特性を調べた。
この結果から、置換体を用いた電極材料は、容量の繰り返し特性が大幅に改善された。これに対し無置換体は、1サイクル目に充電した後の容量と、それ以降の放電容量とに大きな差が表れた。特に1サイクル目で大きく容量が低下することが分かった。
さらに、1サイクル目の前後における電子状態や結晶構造の変化も詳細に調べた。置換体および、無置換体の初期状態と、1サイクル後(放電状態)の試料に対して、Mn元素を選択して軟X線発光分光により測定した。特に今回は、電荷移動由来のピークに着目して解析を行った。
測定結果から、充電前の初期状態では、置換体と無置換体のいずれも全体にわたって同じような発光スペクトルが得られ、Al置換の有無にかかわらずMnの電子状態はほぼ同一であることが判明した。
置換体は1サイクル後も、発光スペクトルがほとんど変化せず、充放電前後で電子状態が可逆的に変化していることが分かった。これに対して無置換体は、1サイクル後にMnと酸素間の電荷移動に由来するピーク強度が減少した。これは、Mnと酸素間の電子軌道の重なりが初期状態よりも小さくなり、Mn−酸素間の結合が弱くなったことを示すものだという。
今回の研究成果は、サイクル安定性の解明にとどまらない。高エネルギー密度材料についても電子軌道レベルから解析することにより、革新的な電極材料の開発につながるとみられている。
研究グループは今後、動作状態の電池において、元素ごとや電子軌道ごとの詳細な電子状態を解析するオペランド測定を行う予定だ。これによって、リチウムイオン電池の正極材料や負極材料の充放電機構について、さらに理解を深めていくことにしている。
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