北大ら、開放量子系のPT対称性を初めて実証:量子コンピュータなどに応用
北海道大学の小布施秀明助教らは、開放量子系におけるPT対称性と呼ばれる新奇対称性とトポロジカルな性質に由来する局在状態の理論を構築し、その正当性を実験により実証した。
「量子的にもつれあった光子対」を活用
北海道大学大学院工学研究院応用物理学部門の小布施秀明助教、望月健氏(北海道大学大学院工学院修士課程2年)、金多景氏(チューリッヒ工科大学修士課程2年)および、京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻の川上則雄教授らは2017年8月25日、中国の東南大学などと共同で、開放量子系*1)における「PT対称性」と呼ばれる新奇対称性とトポロジカルな性質*2)に由来する局在状態の理論を構築し、その正当性を実験により初めて実証したと発表した。
PT対称性とは、空間座標を反転しても物理法則が変わらないことを意味する空間反転対称性(Parity symmetry)と、時間の進む向きを反転しても物理法則が変わらないことを意味する時間反転対称性(Time-reversal symmetry)の2つを組み合わせた対称性のことである。
*1)量子系/開放量子系:系とは考察の対象として注目している部分のこと。量子力学的な記述に基づき考察を行う系を「量子系」と呼ぶ。外界からの影響/ノイズや、外界との粒子やエネルギーのやりとりがある系は「開放系」と呼ばれ、量子力学的な記述に基づき考察を行う開放系を「開放量子系」と呼ぶ。
*2)トポロジカルな性質:ある物(対象)を切ったり穴を開けずに、曲げたりねじることによって連続的に形を変えても、変形の前後で変わらない性質のこと。
一般的な量子力学では、外界から粒子が流出入しないと仮定した独立系で理論構築を行う。この場合、実験で得られるエネルギー値は実数となる。ところが、粒子の流出入がある系に通常の量子力学を適用すると、観測するエネルギー値は虚数を含む複素数となり、非現実的な理論結果になるという。
しかし、実際には被測定物に電圧を印加し、電流を観測しても複素数になることはない。このような粒子の流出入のある開放量子系に対応する理論も提案はされているが、粒子の流出入の影響が強い場合などは、粒子の運動を理論的に予測することが難しかったという。
開放量子系であっても、粒子の流入と流出が釣り合った状況では、PT対称性と呼ばれる特殊な対称性が存在し、観測するエネルギー値が実数になることが1998年に示された。しかし、真に量子力学に従う開放量子系に対して、PT対称性による記述が可能かどうかは解決されていなかったという。
北海道大学と京都大学の研究グループは今回、「量子ウォーク*)」と呼ばれる系では、光子の流出量を実験的に制御できることに着目。まず、流出効果のある量子ウォークに対して、PT対称性が存在する具体的な系を構築した。さらに、PT対称性の存在を示すため、トポロジカル相に由来するエッジ状態を用いることにした。PT対称性を備えた流出効果のある量子ウォークに対し論理解析を行った。その結果、トポロジカル相に起因するエッジ状態の存在確率のみが、時間経過しても減衰しにくくなることが分かった。
*)量子ウォーク:人工的に作成した系における、量子力学に従う粒子の運動。
研究グループは、このような現象を実際に観測するため、中国のグループと共同研究を行った。共同実験では、量子力学に特有な「もつれあった光子対」を用いて量子ウォークの実験を行い、ある時間における光子の存在確率分布を測定した。
測定結果から、理論予測した通りにトポロジカル相に起因するエッジ状態が存在すると予測される場所で、確率分布が極めて大きなピークを示すことが分かった。しかも、ピークのある場所の存在確率は、時間が経過してもほとんど減衰しないことを確認した。これらのことから、開放量子系においてもPT対称性による記述が正しいことを実証することができたという。
研究グループは今回の研究成果について、量子コンピュータにおいて効率的な量子情報輸送を行う手法への応用、新たな原理を用いたレーザー発振器への応用、などが期待できるとみている。
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