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至宝の人工知能 〜問題に寄り添い、最適解をそっと教えてくれるOver the AI ―― AIの向こう側に(17)(8/8 ページ)

先人たちにより開発され、磨かれてきた「至宝の最適化アルゴリズム」。本当はこれを軽々しく「AI」とは呼びたくな……い……という気持ちをぐっとこらえ、AI技術として解説します。「試験前の一夜漬け」「雪山遭難」「井戸堀り」の例を使って、説明していきます。繰り返しますが、最適化アルゴリズムを軽々しく「AI」という言葉で片付けたくはないんですよ、本当は。

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はしごは“2本”、かけておこう

 それでは、今回のコラムの内容をまとめてみたいと思います。

【1】今回は、「最適化アルゴリズム」について説明しました。私個人としては、先人たちが築き上げてきた「至宝の最適化アルゴリズム」を、軽々しく「AI技術」など呼びたくはないのですが、まあ、この連載の都合上、"AI技術"と見なすことにしました。

【2】今回の第3次AIブームにおきましては、強化学習や深層学習が、そのブームをけん引していますが、その理由として、「何も教えなくても、放っておけば、勝手に学習していく」という「神秘性」が人々を魅了している、という江端仮説を紹介しました。

【3】しかし、強化学習や深層学習は、その「神秘性」と引き換えに、膨大な「リソースコスト(メモリ、CPUなど)」と「非効率(学習時間)」を引き受けなければならないことと、これに対して「最適化アルゴリズム」は、そのような「神秘性」などカケラもなく、むしろ解決する問題にベッタリと寄り沿って、その問題を解くための「最適化」を極めるアルゴリズムであることを説明しました。

【4】この最適化アルゴリズムの事例として「ナップサック問題」「定期試験前の一夜漬けスケジュール問題」の他、雪山遭難シーンを想定した「最急降下法」の考え方を紹介しました。

【5】最適化アルゴリズムが、「ローカルミニマム」という問題から運命的に逃げられないこと、そしてその問題を軽減するために、各種の手法(シミュレーテッドアニーリングなど)が考案され続けてきたというお話をしました。

【6】最後に、水源発見問題(最適な井戸掘り場所を特定する問題)を例として、滑降シンプレックス法という、最適解探索手法について説明しました。



 私、入社直後のころ、遺伝的アルゴリズム(GA)の適用事例として、図形パターンマッチングの研究をしていました。

 私は、最新のAI技術は、過去の技術を軽く凌駕(りょうが)する効果を持っていると、盲信的に信じていました ―― だって、最新技術なんだから、最高の効果を発揮するハズだ、と。

 その研究を学会発表するために、他方式との比較が必要になって、ちょっと試しに、私が生まれる前に考案された、超古典の「最適化アルゴリズム」のプログラムを試作して、その問題に適用してみました。

 そして、そのプログラムは ―― 今となっては、はっきりと覚えていませんが ―― 私の考案した方式の1000分の1以下の時間で、計算を完了しました。

 私のやっていた方式は、超古典的な最適化アルゴリズムの前に、言い訳の余地がないほど完全に負けたのです ―― 恥ずかしい。死にたい。どのツラ下げて、学会発表なんぞをしに行けば良いのか ―― と、本当に途方に暮れました。

 私は、その時から、その研究への興味を完全に失いました。1000倍以上の差をつけられて完敗した私に、立ち上がる気力など1mmも残っていませんでした。

 もちろん、この話は「GAが悪いアルゴリズム」という話ではありません。

 私は、『課題を解決するためには、まず、その課題に適した手法(アルゴリズム)を検討しなければならない』という、研究員としての初歩の初歩を、字面(じずら)として知ってはいても、魂のレベルでは理解していなかったのです。

 そして、この事件は、私に1つの教訓を与えました。「はやりモノは、正しいアプローチを見えにくくする」ということです。「はやりモノ」は、研究していて楽しいし、他人に自慢しやすいし、何より提案が通りやすく、予算が付きやすい

 本当に、今や「AI」と言うだけで、どの会社(の社長や幹部)も簡単に開発予算を付けています ―― 毎日、新聞とかニュースとか見ながら「本当に、みんな、ちょろいなぁ」と思っています(私、サラリーマンエンジニアですから、これ以上の発言は差し控えます)。

 まあ、会社の社長や幹部なんぞはどうでもいいです。私が心配しているのは、現在のAIブームに載せられて、上の人間から、うまいことおだてられて、働かされている(かもしれない)若い研究員の皆さんです。

 若手研究員の皆さん。本当に、世の中のブームの動きを良く見ながら仕事してくださいね。

 はしごは簡単に外されます。

 ですから、はしごというのは、常に自分で、2本以上掛けておくものなのです。


⇒「Over the AI ――AIの向こう側に」⇒連載バックナンバー



Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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