新しいダイヤモンド量子発光体、東工大らが作製:量子ネットワークへの応用に期待
東京工業大学工学院電気電子系の研究グループは、スズ(Sn)を導入したダイヤモンドを高温高圧環境で処理することにより、スズと空孔(V)が結びついた新しい発光源(SnVカラーセンター)を形成することに成功した。量子ネットワークへの応用に期待できるとする。
従来に比べ発光強度が大きく、スピンコヒーレンス時間も長い
東京工業大学(以下、東工大)工学院電気電子系の岩崎孝之助教と波多野睦子教授らの研究グループは、スズ(Sn)を導入したダイヤモンドを高温高圧環境で処理することにより、スズと空孔(V)が結びついた新しい発光源(SnVカラーセンター*))を形成することに成功したと発表した。東工大と科学技術振興機構(JST)が2017年12月26日に発表した。
*)カラーセンター:ダイヤモンドなどの固体物質中に形成される欠陥構造で、光の吸収や外部励起による発光を示す(参照:東工大/JSTプレスリリース)。
今回の研究は、東工大の研究グループと産業技術総合研究所機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センターの宮本良之研究チーム長、物質・材料研究機構の谷口尚グループリーダー、ドイツ・ウルム大学のFedor Jelezko(フェドー イェレツコ)教授らが共同で行ったもの。
固体物質中に形成される量子発光体は、量子ネットワーク通信に必要な、記憶時間の長い量子メモリなどへの応用が期待されている。ところが、従来の半導体量子ドットやダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)センターは、スピンコヒーレンス時間*)が短い、ゼロフォノン線の発光強度が小さい、などの課題があるという。
*)スピンコヒーレンス時間:スピンに保存された量子情報が消失してしまう時間(参照:東工大/JSTプレスリリース)。
共同研究グループは今回、長いスピンコヒーレンス時間を実現するために、基底状態分裂の大きい、新しいカラーセンターをダイヤモンド内に作製することにした。具体的には、ダイヤモンド中に従来のシリコンやゲルマニウム(Ge)ではなく、重元素であるSnを導入し、7.7GPaで2100℃という高圧高温環境で処理した。これにより、SnVカラーセンターを形成することに成功した。
第一原理計算から、ダイヤモンド中のSn原子は格子間位置に存在し、2つの空孔に挟まれた構造であることが分かった。この原子構造は外部ノイズの影響を受けにくく、発光波長が安定しているという。室温での実験からも、SnVカラーセンターは波長619nmに鋭いゼロフォノン線をもって発光していることが分かった。発光強度が従来のNV/SiVカラーセンターに比べて大きいことも確認した。
冷却した環境で計測したところ、ゼロフォノン線が4つに分裂し、基底状態分裂はSiV/GeVカラーセンターよりも大きな約850GHzを有することが分かった。SiVの基底状態分裂である48GHzに比べると一桁大きいため、結晶格子振動の影響が極めて小さくなる。こうしたことから、2K程度に冷却すれば、ミリ秒レベルのスピンコヒーレンス時間を達成することが可能になるとみている。しかも、SiVで不可欠だった大規模な希釈冷凍機などを用いる必要がないという。
今回、形成に成功したSnVカラーセンターは、従来のNV/SiVカラーセンターに比べて発光強度が大きく、発光波長位置が安定しており、スピンコヒーレンス時間が長い、という特長がある。このため、長距離量子ネットワーク構築に必要な量子メモリへの応用に加え、量子センサーとして機能する可能性も高いとみられている。
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