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女性の活用と、国家の緩やかな死世界を「数字」で回してみよう(48) 働き方改革(7)(10/10 ページ)

今回は、「働き方改革」の中でも最難関の1つと思われる「女性活用」についてです。なぜ、このテーマが難しいのか――。それは、「女性活用」は、運用を間違えれば、国家の維持(つまりは人口)にも関わる事態となってくるからです。

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「今回のコラムには、血のにじみ出るような迫力がありません」

後輩:「江端さんが、コラムで、こんな悪質な『叙述トリック』を使うとは ―― 軽蔑しますよ、江端さん」

江端:「叙述トリック?どこに?」

後輩:「気がついて使っていないなら、さらに悪質ですね。今回、江端さんが使っている「女性」は、(1)近代国家における全体としての女性、(2)子どもが欲しいと切望する女性、(3)キャリアを維持したい欲しい女性、(4)2100年までの労働力人口としての女性、(5)人工生殖(出産、育児の完全機械化)を容認しても子どもが欲しい女性の5種類ですよね」

江端:「まあ、そうなるかな」

後輩:「これらの5種類の女性はいずれも、女性の母集団の大きさはもちろん、その個人の状況やポリシーが、全てバラバラであり、一緒くたに論じることはできないハズです。にもかかわらず、江端さんは、それらの説明を全部省略して、全部同一の「女性」として取り扱っており、読者を、江端さんの持論に強制的に導き込む、悪質なトリックを駆使しているじゃないですか」

江端:「あ……(そうかも)」

後輩:「まだあります。江端さんは、エンジニアリングアプローチで、出産や育児の意義を、経験則的(帰納法的)手段を持ちいて、その理解を試みようとしていますが、これも「帰納法的ロジック詐欺」とも言えるもので、エンジニアや研究者が無意識に使っている暴力的な思考手法です」

江端:「……よく分からないのだけど」

後輩:「人生において、「出産・育児」のチャンスは、ゼロ回または数回以内しかありませよね」

江端:「その通り」

後輩:「『帰納法的ロジック』は、自然法則 ―― 100回実験すれば、ほぼ100回同じ結果を得られる自然界の法則 ―― を前提としている訳です」

江端:「うん、知っている*)。それで?」

*)「発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」(特許法第1条)

後輩:「人生で100回くらい「出産・育児」を体現できるのであれば、『帰納法的ロジック』を使えるかもしれません。しかし、世の中の事象の99.9%以上は、過去において経験がなく、未来においてその予想が全くつかないものです。エンジニアリングアプローチが適用できる対象は、恐しく少ないのです ―― 少なくとも「出産・育児」には使えません」

江端:「……」

後輩:「だから、私たちは、社会の問題を『経験則』ではなく、正義とか哲学とか倫理とかいう概念を挿引して、その場限りの一般解を導くしかないのですが、どうやら、江端さんは、その発想にすら至っていなかったようですね ―― まったく、何やっているんだか」

江端:「……しかし、その理屈を拡大すると、この「女性活用」を含めてほとんどの問題は、不可知論に陥いるだろう? だからこそ、『帰納』でも『演繹』でもない、第三のアプローチ『計算』を導入していることに、この連載コラムの意義があるんだと思うんだ」

後輩:「江端さんの計算結果の多くは発見的であり、衝撃的ともありますが、しかし、江端さんが数値に込める『魂』とは、一体何なんですか?

江端:「ああ、それは、はっきりしている。『私たちは変化したくない』を最高の価値であると仮定した時の『アンチテーゼ』の提示だよ。何しろ、私たち人間は、席替えやクラス替えすらも回避したがる、超保守的な生き物*)だからね」

*)参考:著者のブログ

後輩:「なるほど。人口が減少して、労働力が失われ、税収が減って、インフラ保守が不可能となった日本 ―― そういう国家レベルの席替えやクラス替え ―― を『見える化』するということですか」

江端:「ま、そういうこと」

後輩:「だとしても、です。今回のコラム全体として、血のにじみ出るような迫力がありません。特に数値問題については淡々と問いているだけであり、これをわざわざ計算する必要性を、魂のレベルで感じられないのですよ」

江端:「そうかな?」

後輩:「正直に言えばですね ――家族の構成員が全部女性でありながら、女性の心の叫びをキャッチできない江端さんって、アホなんじゃないんですか? ―― って思っています」


「輝く」よりも「生きやすさ」を(編集担当より、今回のコラムに寄せて)

 江端さんからのお勧めを受けて、女性という立場で、今回のコラムのテーマについて記載してみます。

 細かく言うと大変なので、「いろいろ言いたいこと」を1文にまとめるとするならば、「――「女性が輝く社会作り」という政策によって、1人の女性としての生き方・幸せの形が、「型」にはめられているような気持ちになる」ということです。これは、江端さんの記事にある、「女性を取り巻く、理不尽な環境」の図に集約されています。

 個人的には、「女性の活躍」政策でやろうとしていることは、政策としては絶対に必要だと思いますし、きちんと考えてもらえることは有難いことでもあります。ならばなぜ、「女性の活躍」政策が、こんなにもストンと胸に落ちてこず、理不尽に感じるのか――

 それは、政府が掲げている女性が活躍する社会作りの「女性」は、「仕事も、子育ても、家事も完璧なスーパー既婚ウーマン」を想定しているように見えるからではないでしょうか。周りの友人(女性)の意見でも、これは多いです。そもそも、結婚や妊娠をはじめ、自分1人ではどうしようもなかったり、不可抗力だったりすることも、人生にはたくさんあります。そういうこと、ちゃんと分かってる? と問いたいのです。

 江端さんからいただいた1つの仮説ですが、政府は女性を、労働力の基盤(×補助的労働力)に据えないと、生産性を維持ができない、という試算でも完了しているのでしょうか。故に「スーパー既婚ウーマン」を想定しないと、生産性の総量(×労働力人口数)を担保できないと見なしているのでしょうか。

 個人的には、「女性が輝ける社会」というベクトルが少しずれているのではないかと感じています。もちろん、「輝きたい」と思っている女性もとても多いとは思います(女性向け雑誌がそういうコピーであおっている気も)。ですが私は、定義の仕方としては「輝く」よりも「生きやすい」ではないかなと思うのです。

 「女性が生きやすい」。小さなことでもいいのです。身近な風景で言うならば、通勤電車の優先席で大また広げて眠りこけるのではなく、妊婦さんに席を譲る。ベビーカーやスーツケースを運ぶのを手伝う。こういうことが、脊髄反射的にさらっとできる人が増えるだけで、ずいぶんとラクになります(お子さんがいる女性の先輩記者は、ベビーカーを運ぶとき積極的に手伝ってくれるのは女性だと言っていました)(参考:著者のブログ)。男性の育休を「義務」にしてみるとか。仕事の最前線から離れることへの不安を「定量化」して、家事という膨大な仕事の量を「見える化」するとか……。できることは、たくさんあると思うのです。

 だから、私は、政府、企業、そして男性の皆さんに伺いたいのです。

 ―― 白書とか予算とか整備とか制度とか、それ自体を目的にしていませんか?

と――。

 「こんな風に生きたい」。そう思ったときに、周囲の十分な理解とさまざまな選択肢がある社会(女性にとってだけじゃなく全員にとって)になってほしいと思っています。



⇒「世界を「数字」で回してみよう」連載バックナンバー一覧



Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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