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不幸な人工知能 〜尊敬と軽蔑の狭間で揺れるニューラルネットワークOver the AI ―― AIの向こう側に(21)(9/9 ページ)

今回のテーマは、第3次AI(人工知能)ブームを支えているといっても過言ではない花形選手、ニューラルネットワークです。ただしこのニューラルネットワーク、幾度もダイナミックな“手のひら返し”をされてきた、かわいそうなAI技術でもあるのです。

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失敗開示/評価システムは「上司」

 AI技術においては、失敗開示/評価システムが非常に重要であることは既に説明しましたが、実は、そういうシステムは存在しています。

 ―― 上司です。

 上司は、部下より長く生きていることが多いので、当然、失敗の経験も部下よりも多いです。上司は自分の中にあるデータベースに基づいて、部下の研究の発案や方向性を判断します。これは有効なシステムとも言えます。

 しかし、同時に、上司の頭の中に記録された失敗データは、黒歴史であるとも言えます。上司としての権威も損われる可能性もあります。

 そもそも、黒歴史を他人に開示することだけでも、とても恥ずかしいことですし、それを体系的にロジカルに説明できる人は、聖人君主の域に達しているとも言えます(つまり、そんな人はなない)*)

*)例えば、自分の失恋(「恋」を「失う」でなく、「恋」に「失敗する」の方)を、他人に、部下に、体系的にロジカルに説明できるか、と考えれば分かりやすいかと思います。

 従って、上司が上司の黒歴史を隠して、部下を指導するとどうなるか ―― 非常に非効率的なものになります。上司は核心点を明示せずに部下を指導しようとし、その結果、部下は「上司が悪意で自分の仕事を妨害している」と邪推することになります。

 ――まあ、分からなくはないのですけどね。

 例えば、私も「“ネットワーク研究者”がネット詐欺に遭った日」を開示した時は、本当に辛かったです。顔から火が出そうなくらい恥ずかしいと思いましたし、実際、かなりの人にバカにされました。

 それに、上司は、部下が、自分が過去に失敗した研究に成功するのを見るのは、正直面白くないものです ―― だから、いろいろ見苦しい言い訳をするわけです(当時の社会の状況は……、当時のスマホの普及率が……、当時のパソコンの性能が……など、山ほど)。


 さて、冒頭の話に戻りますが、自分の仕事の話をするのが面倒で、「『AI』でーす」と答えてしまい、そして、それが社会的に受けいれられてしまう(というか、それを強要されてしまう)、この状況をどう考えるべきなのか ―― 時々、そんなことを考えています。

 私は、世間の人々が考えるような"AI"(強いAI(=自分で思考するAI))は、過去にも現在にも存在しないし、将来も登場しないとの確信を持っています。

 ですから、私が「『AI』でーす」と言っているのは、あくまでフリですが、それでも、フリで言い続けていたことが、いつしか本心あるいは真実にすり替わるなんてことは、良くあることです。

 「『AI』でーす」と口にする度に、私は少しずつ「負け犬」になっていっているのかもしれません。


⇒「Over the AI ――AIの向こう側に」⇒連載バックナンバー



Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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