“ポストピラミッド構造”時代の中堅企業、グローバル化の道を拓くには:イノベーションは日本を救うのか(28)(2/2 ページ)
製造業界では長らく、”ピラミッド構造”が存在していた。だが、その産業構造は変わり始め、ティア1以降の中堅企業が、自らの意思で事業のかじ取りをしなくてはならない時代になりつつある。中小企業がグローバル展開を見据える場合、どのような方法があるのだろうか。
中堅・中小企業ならではの強みを生かす
このように、東朋テクノロジーは、グローバル展開に向けて数多くの取り組みを積極的に行っている。
中堅企業では、前社長の子どもたちの世代が国際的な場で経験を積んでいる場合、新しいことに挑戦しようとしていることが多い。東朋テクノロジーの場合は、現社長自らも積極的に動いている。富田氏は先日、イスラエルのスタートアップ企業約10社と面談してきたそうだ。さらに、社長室の中にIIoTの部署を作るなど、新しいことを率先的に若い跡取りにやらせようとしている。富田氏はAZCAにもしょっちゅう出入りし、新しいプロジェクトをどうするか、などについて議論している。
同じ名古屋市の企業に、朝日インテックがある。もともとはステンレスロープを手掛けてきた企業だが、現在は、ステンレスロープのビジネスで蓄積してきたノウハウを生かし、治療用のガイドワイヤーを中心としたカテーテル治療用の医療機器を手掛けている。この朝日インテックの社長も、積極的に多角化を図ってきたトップの1人だ。そのために、北米のベンチャー企業に投資もしている。
年間売上高が数百億円規模の中堅企業は、膨大な金額を動かすことはできなくても、大手企業に比べると決定的な強みがある。それが、スピードだ。オーナー企業だから、1億〜2億円の規模であれば、ぱっと決断し、ぱっと動くことができるのである。これは、大手ではなかなか実現できないスピードだ。この意思決定のスピードは、国際的に事業を展開する上で、大きな利点となるだろう。
中堅企業も、攻め方さえ間違わなければ、シリコンバレーの新しい技術を取り入れたり、米国で事業展開したりすることは可能なのだ。それをぜひ、覚えていていただきたい。
グローバル展開を県がトータルサポート
中小企業のグローバル展開を県がサポートするというケースもある。
例えば神奈川県だ。実は神奈川県では、中小企業のグローバル化を、県が支援しているのである。神奈川県は、神奈川産業振興センターと協力し、ベトナムの首都ハノイ近郊にある工業団地内の一部を「神奈川インダストリアルパーク」として活用し、神川県内の中小企業の海外展開をトータルで支援している。同パークにはレンタル工場があり、食堂も完備されている。神奈川県に拠点を持つ多摩川電子やダイニチ電子が、神奈川インダストリアルパークに入居し、生産を本格的に開始している。
別の例として大分県の「おおいたLSIクラスター構想」が挙げられる。
今から5〜6年前、大分県の半導体産業は揺れに揺れていた。米Texas Instruments(TI)の日本法人である日本TIが所有していた大分・日出工場を閉鎖し、従業員500人を解雇することになったのだ。さらに、2015年には東芝がCMOSイメージセンサーの生産拠点をソニーに売却した。
こうした動きで、地元の中堅の協力会社は非常に動揺してしまった。“親亀”から突然、手を放されたのだ。だからと言って、いつまでも右往左往しているわけにはいかない。大分県は、半導体製造に必要な評価工程(テスティング技術)を中核とし、技術情報の発信やカウンセリングを行う「おおいたLSIクラスター構想」を打ち立てている。ここでも、大分の企業を世界展開させることを目的に、専門の部会を立ち上げ、新技術開発やその事業化、ビジネスマッチング、技術者同士や大学とのネットワークづくりなどをトータルでサポートする体制を作っている。
神奈川県や大分県のこうした事例は、中小企業がグローバル化をする上では、こうした方法もあるのだということを教えてくれる。
頼りにしていた“親亀”がいなくなった時、自力でどう事業展開をしていくのか――。今回紹介した事例からは、中小企業や自治体も、さまざまな取り組みに挑戦していることが見て取れる。これまでと同じことを続けていると、いずれは息切れし、衰退を招く可能性もある。道をひらく方法は、いくらでもあるのだ。
⇒「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー
Profile
石井正純(いしい まさずみ)
日本IBM、McKinsey & Companyを経て1985年に米国カリフォルニア州シリコンバレーに経営コンサルティング会AZCA, Inc.を設立、代表取締役に就任。ハイテク分野での日米企業の新規事業開拓支援やグローバル人材の育成を行っている。
AZCA, Inc.を主宰する一方、1987年よりベンチャーキャピタリストとしても活動。現在は特に日本企業の新事業創出のためのコーポレート・ベンチャーキャピタル設立と運営の支援に力を入れている。
2005年より静岡大学大学院客員教授。2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年より2012年までXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所(2007年会頭)、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。
2016年まで米国 ホワイトハウスでの有識者会議に数度にわたり招聘され、貿易協定・振興から気候変動などのさまざまな分野で、米国政策立案に向けた、民間からの意見および提言を積極的に行う。新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。
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