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障害者雇用対策に見る、政府の覚悟と“数字の使い方”世界を「数字」で回してみよう(58) 働き方改革(17)(5/10 ページ)

今回は、働き方改革のうち「障害者の雇用」に焦点を当てます。障害者雇用にまつわる課題は根が深く、これまで取り上げてきた項目における課題とは、少し異質な気がしています。冷徹にコストのみで考えれば「雇用しない」という結論に至ってしまいがちですが、今回は、それにロジックで反論してみようと思います。

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IT活用で“障害者”は減らせる?

 では、ここからは、障害者の各種の人口を見て頂いた上で、「障害者を社会から分離して、社会活動から除外してしまう方がコストは安い」の反証を試みたいと思います。

 ここでも、「人間の自尊心」「共存共栄」「労働による自分の肯定」「他人に対して役に立っているという実感」という観点から説明できれば良かったのですが、私は、そういうフワフワした、観念的な論調の論説は苦手です。その手のお話は、ネット上に山のようにありますので、そういう方向がお好きな人は、そちらをご覧下さい。

 私は今回、誰もが逃げられない「金(コスト)」と「命」だけを使って、かなり露骨なロジックを組み立ててみました。

 まず障害者を、“労働力としてカウントしない”と決めて、社会に出ない状況を作ってみます。

 これによって、社会はバリアフリー等に対するコストを支払う必要がなくなります。職場でも特別な配慮(設備投資、マニュアル作成等)が不要になり、特別なコストがなくなって、競合他社との競争において有利な立場となります。

 さらに、ここに、IT技術という面倒くさいものが入ってきます。前述した通り、障害者は社会が作り出すものであり、IT技術はその主犯格です。IT社会の浸透によって、障害者(とまで言わなくとも、後発的な社会不適合者)を量産し続けています。その結果、その人たちを守るために社会福祉費用は増大することになります。

 この負のフィードバックを破る最も非倫理的な方法が、障害がある人たちを強制的に社会から排除するというものです。

 悲しいことに、この方法は歴史上でも実際に行われたことがありました。我が国でもかつて存在した旧優生保護法に基づく知的障害の女性に対する強制的な不妊手術(推定約1万6500件)や、ナチス・ドイツで優生学思想に基づいて行われた安楽死政策「T4作戦*)」などです。

*)法的根拠なく、精神病者、遺伝病者、その他、労働能力の欠如、夜尿症、脱走や反抗、不潔、同性愛者を「処分」の対象とする政策

 もちろん、こんな非人道的なロジックに対して、あなたはロジックで反論する必要はありません ―― この考え方にはついていけません。さよなら ―― これだけで十分です。

 しかし、私は、上記のロジックに対して、断固として反駁したいのです。

 冒頭で私が述べたように、社会全体のコスト理論に対して、「そんなこと私の知ったことか」とキレ気味に叫ぶのではなく、「評価関数が間違っている」と開き直るのでもなく、キチンとしたコストのロジックで反論したいのです。

 そもそもこの「排除」の理論はそれほど単純な話にはなりません。

 「排除」を実施した場合、障害者の居場所を社会福祉費で担保しなければなりません。現在でも、障害者支援施設に1.5兆円、精神病院の入院コストに1.3兆円と、軽く「兆円」単位のお金が使われています。障害者を社会から排除する方向を維持すれば、このお金は増大する方向にしか働きません。

 加えて、前述した通り、障害者の人口はびっくりするほど大きいものです。障害者の労働効率が健常者に比べて劣ったとしても、これだけ多くの労働力をまるっきり無視するのは、無策にすぎるというものです。

 もっとも、このような、労働力の変動が激しく、しかもその予測が難しい多数の人間をコントロールするのは、相当に難しかった(不可能であった)と思います ―― インターネットの登場の前であれば。

 しかし、今は違います。ネットによって在宅勤務と出社勤務のハイブリッド勤務が可能となっており、リアルタイムで労働状況を把握することもでき、さらに、それらの膨大な実績データから、弾力性のある生産計画を立てることが可能になるほど、コンピュータの計算能力も向上しています。

 このように、障害者人口の大きさとITの活用(私、ITエンジニアですから)を前提として、障害者を労働力としてカウントできるような働き方やその支援技術を開発することで、対応可能になると考えます。

 ただし、上記のロジックでは、健常者と障害者関係なく、IT技術を使い熟せない人間の方が問題となります ―― というか、既になっています(参考:「デジタル時代の敬老精神 〜シニア活用の心構えとは」)。

 しかし、デジタルデバイドすらもサポートするAI(人工知能)技術*)などによって、障害者、障害者以外の人、そして社会全体がWin-Win-Winになる可能性は十分に見込めると思うのです。

*)いや、あの、この私が、このようなことを言うのは、本当に空々しいとは分かっています(「Over the AI ――AIの向こう側に

 ちょっと強引な条件をひっぱり込んではいますが「障害者を社会から分離して、社会から除外してしまう方がコストは安い」の仮説は、仮にコストで論じたとしても棄却でき、「障害者と共生する社会は"おいしい"」を導き出すことは、十分に可能なのです。

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