不可解なルネサスの社長交代、その背景には何が?:大山聡の業界スコープ(19)(2/2 ページ)
2019年6月25日、ルネサスエレクトロニクス株式会社は、呉文精氏に代わって、柴田英利氏が社長兼CEOに就任する、と発表した。業績が低迷する同社において、今このタイミングで社長を交代する必要性が本当にあったのか、むしろ社内が余計に混乱するのではないか、という疑問を禁じ得ない。呉文精氏の「続投」が決定していた同年3月20日の株主総会から3カ月の間に、社内でいったい何があったのだろうか。
「見えない力」が絡み合っている?納得できない社長交代の理由
誤解のないように申し上げておくが、筆者は「少数派」であることを悪いとは思っていない。会社の経営は多数決に頼るわけにはいかず、少数の経営幹部が方針や戦略を決定することは、むしろ当然のことだと思っている。しかしこの場合、少数派の経営幹部は社内外のステークホルダーに対して、自分たちの経営判断が周囲に十分に浸透していないことを認識し、なぜ1兆円超ものカネをかけてIntersilとIDTを買収する必要があったのか、理解してもらうための最大限の努力を行うこと、そして中長期的な視点で結果を出すことが何よりも重要なはずである。
Intersilの買収発表が2016年8月で、買収完了は2017年2月。IDTの買収発表は2018年9月で、買収完了は2019年3月。Intersilの方は買収完了から2年が経過しているが、まだシナジーらしい効果が見えない、という声が時々聞かれる。もともと車載にはあまり実績がなかったので、効果が現れるとすれば産業機器分野になるだろうが、商談のサイクルが長いので、2年で期待できる効果はあまり大きくないだろう。IDTに至っては買収が完了したばかりで、シナジー効果を期待するにはあまりにも時間が短い。筆者のように、もともとIntersilもIDTもシナジー効果は期待できない、と思っている立場から見れば、今後どれだけ時間が経過しても無理だろうと思っているが、今この段階で判断するのはさすがに時期尚早だろう。
つまり呉氏には、この理解の難しい2つのM&Aの成果を示す責任があり、CEOとしての責務を全うすることが優先されるべきなのだ。
ところが、同社が2018年11月に設置した「指名委員会」なる組織は、筆者とは全く異なる考え方をしていたようだ。この委員会は、社内外取締役、監査役の選任、解任に関する事項などに関して、従来以上に透明性が高く、かつ客観的に決定し、ステークホルダーへの説明責任およびコーポレートガバナンスの強化を図ることを目的としている。取締役会の諮問に応じて、社内外取締役、監査役の選任、解任に関する事項および最高経営責任者(CEO)の後継者計画に関する事項を審議し、取締役会に対して答申する役割を持つという。構成メンバーは鶴丸哲哉会長の他、2人の社外取締役の3人だ。
2019年6月25日のリリースでは、下記のようにコメントしている。
足元の業績悪化および、2016年度に設定した中期的に目標とする財務指標との乖離(かいり)が大きくなっていることに対して、当社が取締役会の任意の諮問機関として設置している指名委員会が、その責務として現代表取締役社長兼CEOの呉文精(以下、現社長兼CEO)が今後の当社の業績の回復および成長軌道への復帰を実現させる経営トップとして適任かどうかの評価を実施しました
本評価の結果、現社長兼CEOは今後の経営トップとしては指名委員会の期待を満たしていないこと、また、当社の現況および、競合他社の動向を踏まえると、早期の交代が必要であると指名委員会は判断しました。この評価結果を踏まえ、本日の取締役会にて指名委員会から現社長兼CEOの交代を推奨する旨の答申がされました。取締役会は本答申を受けた現社長兼CEOから辞任の申し出を受け、これを受理しました
後任につきましては、これまで約2カ月間に渡り、指名委員会で協議を重ね、答申された内容に基づき、現取締役執行役員常務兼CFOである柴田英利を本日(=2019年6月25日)の取締役会にて新しい代表取締役社長兼CEOとして選任しました
筆者は2件のM&Aについて「納得できない」と再三主張してきたが、このコメントはそれ以上に納得できない、と言わざるを得ない。M&Aの決定にしろ、業績の内容にしろ、CEOが最大の重責を担うことは当然だが、なぜ今このタイミングで辞めねばならないのか、なぜCEOだけが対象なのか、そして今後のことを考えれば、呉氏の退任は他の経営幹部の負担増にならないのか。
指名委員会が今回の結論を何かに急かされて出したように見えるのは筆者だけだろうか。また呉氏をCEOに推薦した産業革新機構は、今もルネサスの筆頭株主の立場だが、今回の辞任劇に対して何のコメントも出していない点も不思議に思える。見えないところで見えない力が複雑に絡み合っているのか、この会社には驚かされることが多すぎるようだ。社内で働く従業員の皆さんが、混乱や不安に振り回されないでいることを祈るばかりである。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現IHS Markit Technology)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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