低反射率で高耐久の偏光シート、印刷技術で実現:素子の反射率は従来の10分の1
産業技術総合研究所(産総研)は、印刷技術を応用し、低反射率で耐久性に優れたワイヤグリッド偏光シートを菱江化学などと共同開発した。
表面に凹凸を付与し偏光度99%以上、反射率4%に
産業技術総合研究所(産総研)集積マイクロシステム研究センター光マイクロナノシステム研究チームの穂苅遼平研究員と製造技術研究部門表面機能デザイン研究グループの栗原一真主任研究員は2019年7月、印刷技術を応用し、低反射率で耐久性に優れたワイヤグリッド偏光シートを、菱江化学や東海精密工業、伊藤光学工業と共同開発したと発表した。
偏光素子は、車載機器や液晶プロジェクターなど、さまざまな用途で利用されている。特に車載用途では、耐熱や耐湿、耐光など高い耐久性が求められる。これと同時に低反射が重要となる。産総研は最小線幅80nmのパターン形成を実現するなど、高精細印刷技術を開発し、光学素子などへの応用可能性を探ってきた。
今回は、「ナノインプリント技術」や「ぬれ制御技術」「印刷技術」を組み合わせ、線幅が50nm以下でアスペクト比10以上の金属インクパターンを形成することができる「厚膜ナノ印刷技術」を新たに開発した。この技術を用いて、金属インクで可視光用ワイヤグリッド偏光シートを実現した。
その作製方法はこうだ。まず、ストライプ形状の凸構造に加工したモールドを用いて、樹脂シートに溝を形成する。その後、モールドを離し樹脂シートに形成された溝の部分だけに、ブレードを使って金属インクを充填(じゅうてん)する。最後にオーブンで焼成し、ワイヤグリッド偏光シートを作製する。この方法で、これまでに75mm角の偏光シートを形成しているが、大きいモールドを用いれば、さらに大面積の偏光シートを作製することができるという。
開発した偏光シートは、銀ナノ粒子インクの低温焼成体でワイヤグリッド構造を形成し、偏光機能を実現している。特に、ワイヤの両面を凹凸形状とし、さらにテーパー形状とすることで反射率を抑えた。凹凸形状を最適に制御することで、5%以下の反射率を実現した。
特性を評価するため、低反射率ワイヤグリッド偏光シートは2種類を用意した。反射率が3.6%で透過率が13.6%の「開発品A」と、反射率が4.6%で透過率が34.5%の「開発品B」である。これら2種類の開発品と従来の二色性色素偏光シートおよび、ワイヤグリッド偏光シートの性能を比較した。
車載環境や高輝度光照射環境における利用を想定した耐久試験を行ったところ、開発品は「高温」「高湿度」「光」に対して高い耐久性を示すデータが得られた。これに対し二色性色素偏光シートは、熱耐性が低く厳しい環境では変色した。従来のワイヤグリッド偏光シートは、金属層自体は熱や光に強いが、厳しい環境になるとカールや黒ずみが発生したという。
光学特性も比較した。従来のワイヤグリッド偏光シートに比べ、開発品は偏光度や透過率で劣るものの、反射率は10分の1以下と小さいことが分かった。二色性色素偏光シートと比べても、光学特性は同程度だが、耐久性で有利なことが分かった。研究チームは、光学特性に関する今後の目標値として、偏光度99.9%以上、透過率40%以上、反射率5%以下の達成を挙げた。
開発した技術を用い、グラデーション偏光シートも試作した。透過率の階調に加え、偏光度の階調も制御することができることから、視認性確保と表示機能が求められるヘッドアップディスプレイや3D-TV用眼鏡などへの応用が可能とみている。
今回、印刷技術を応用して、低反射率のワイヤグリッド偏光素子を開発した。今後は、偏光度と透過率の両立に向けた研究に取り組む予定である。
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