産総研、グラフェン1枚の格子振動を計測:空間分解能は従来の2桁以上
産業技術総合研究所(産総研)は、最高レベルの空間分解能とエネルギー分解能を備えた電子顕微鏡を開発し、原子の振動(格子振動)を波として計測する手法を開発した。
新開発の電子顕微鏡、世界最高レベルのエネルギー分解能
産業技術総合研究所(産総研)は2019年8月、最高レベルの空間分解能とエネルギー分解能を備えた電子顕微鏡を開発し、原子の振動(格子振動)を波として計測する手法を開発したと発表した。この方法で、グラフェン1枚の格子振動を計測することに成功した。
今回の研究成果は、産総研ナノ材料研究部門電子顕微鏡グループの千賀亮典主任研究員と同研究部門の末永和知首席研究員、ウィーン大学、ローマ・ラ・サピエンツァ大学、日本電子の森下茂幸博士らによるものである。
格子振動は、熱伝導や電気伝導、光学的特性など材料の性質に深く関与している。ところが、X線や中性子線を用いた分光法や、従来の電子顕微鏡を用いた電子エネルギー損失分光法(EELS)などは、試料の厚みやエネルギー分解能、空間分解能などの制限があり、グラフェンを始めとする多くのナノ材料の格子振動を、高い精度や感度で計測することが難しかったという。
そこで産総研と日本電子は、エネルギー分解能が20〜30meVの低加速電子顕微鏡用モノクロメーターを開発した。このため、格子振動に起因する微細な信号を検知できるという。また、世界最高レベルの空間分解能とエネルギー分解能を両立させることができる電子光学系を新たに設計。10nm以下の範囲において、格子振動のエネルギーと運動量を計測することが可能となった。この結果、格子振動を異なる性質(振動モード)の波として捉えることに成功した。
なお、低加速電子顕微鏡の開発と調整は日本電子と、ナノ材料の格子振動の測定はウィーン大学とそれぞれ行った。ローマ・ラ・サピエンツァ大学は理論計算を担当し、実験的に得られた波としての振動モードについて解釈を行った。
今回開発した計測手法では、試料を通過した電子線の中から、原子核の近くを通過して大きく散乱した電子のみを選択的に測定する。これによって、個々の原子が作り出す分極を用いて、格子振動を計測することができるという。
実験ではグラフェンについて格子振動の音響モードと光学モードを測定した。この実測値はシミュレーションの結果と一致した。グラフェンのような非極性物質でも、新たに開発した計測手法を用いれば、格子振動に起因する強い信号を得られることが分かった。
開発した装置を用いると、これまでは1μmだった空間分解能が2桁以上に向上し、10nm以下の局所領域でも、格子振動のエネルギーと運動量を計測できる。具体的には、グラファイト片の上部に成長した細長いグラフェン(グラフェンナノリボン)の格子振動を計測。特に、音響モードと光学モードの強度をマッピングしたところ、音響モードだけがグラフェンナノリボンのエッジや試料上の不純物周辺で、他の場所とは異なる強い信号を示した。局所領域の材料評価技術は、材料開発などで重要になるという。
開発した手法を用いると、同位体元素の識別も行える。このため、微量の放射性同位体物質検出や、核分裂反応や化学反応の追跡などに応用できるとみられている。産総研は、空間分解能やエネルギー分解能をさらに向上させることで、幅広い材料における格子振動と物性の関係を明らかにしていく計画である。
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