可視光波長域で作動する高速応答ダイオード開発:電力変換効率を大幅に向上
東北大学は、金属層で絶縁層を挟み込むMIM構造のトンネルダイオードにおいて、トンネル層と金属の間に自然酸化膜を成長させることで、ダイオードの高速応答を実現した。電力変換効率は現行ダイオードに比べ約1000倍向上する。自然酸化膜の膜厚を最適化すると、約1万倍に高めることも可能だという。
トンネル層と金属の間に自然酸化膜を形成
東北大学大学院工学研究科の松浦大輔氏(当時修士学生)と清水信助教、湯上浩雄教授の研究グループは2002年1月、金属層で絶縁層を挟み込むMIM構造のトンネルダイオードにおいて、トンネル層と金属の間に自然酸化膜を成長させることで、ダイオードの高速応答を実現したと発表した。電力変換効率は現行ダイオードに比べ約1000倍向上する。自然酸化膜の膜厚を最適化すると、約1万倍に高めることも可能だという。
アンテナとダイオードで構成する「レクテナ」は、アンテナで捉えた光(電磁波)をダイオードで整流し、直接電力に変換することができるデバイスである。周波数が数GHzのマイクロ波領域では、既に90%を超える変換効率を実現しており、太陽電池を凌ぐ光電変換デバイスとして注目されている。ところが、太陽光のような可視光波長領域(数百テラヘルツ以上)になると、高い周波数で作動できるダイオードがなく、これまでは実現できなかったという。
研究グループは今回、トンネル層を構成する金属酸化物とその金属を用いた電極層(酸化チタンとチタン)の間に、酸素不定比性の自然酸化膜(TiO2-x)を形成することで、ダイオードの高速応答性と高い非対称性を実現した。これにより、光電変換効率を大幅に向上できることが分かった。
その理由は、酸素不定比性を持つ酸化物層を設けたことで、従来のMIM構造に比べ、順バイアス時の有効トンネル障壁厚さが縮小し電流密度が向上したことと、順−逆バイアス時の有効トンネル障壁厚さの差が大きくなり、非対称性が向上したことによるものだという。
具体的には、スパッタリングした下部電極層(チタン)を、大気中で加熱し表面にTiO2-xを形成、原子層堆積法によりトンネル絶縁層(酸化チタン)を形成した後で、上部電極層(白金)をスパッタリングした積層構造となっている。
試作したダイオードで得られた電流−電圧曲線は、酸素不定比性酸化物層を有するトンネル障壁モデルを用いて解析した結果とほぼ一致した。これにより、酸素不定比性の自然酸化膜がダイオード特性に影響し、高い電流密度の実現と非対称性の向上につながることが分かった。
左上はTiO2-x層を有するMIMトンネルダイオードの電流−電圧曲線の実測値と、「TiO2-x層あり」および「TiO2-x層なし」の場合の解析結果。右上はMIMダイオード理論性能値と実測性能値の比較。下は作製したダイオードの上面SEM像と断面TEM像 出典:東北大学
開発した高速応答のダイオードは、従来のMIMトンネルダイオードに比べて電力変換効率が約1000倍向上した。自然酸化膜の膜厚を最適化すれば、電力変換効率を約1万倍まで向上できることも分かった。
熱光起電力発電(TPV:Thermophotovoltaics)システムは、太陽光や工業排熱などを用いて発電する。研究グループは、これまで用いられてきた赤外光用PV(Photovoltaic)セルの代わりに、新開発の光レクテナを用いると、極めて効率の高い光電変換が可能になるとみている。
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