東北大、自己保湿型のコンタクトレンズを可能に:ドライアイを緩和する
東北大学は、電気浸透流(EOF)の発生効率が高いハイドロゲル素材を開発した。この素材をコンタクトレンズに用いて通電すると、レンズ内で発生する水流によって、レンズの乾燥速度が低下することを確認した。
新開発のハイドロゲル素材とバイオ電池を組み合わせ
東北大学大学院工学研究科の西澤松彦教授を中心とする研究グループは2019年11月、電気浸透流(EOF)の発生効率が高いハイドロゲル素材を開発したと発表した。この素材をコンタクトレンズに用いて通電すると、レンズ内で発生する水流によって、レンズの乾燥速度が低下することを確認した。さらに、バイオ電池を搭載し、有機物のみで構成をする自己保湿型レンズの可能性を示した。
近年は、スマートコンタクトレンズが注目されている。各種センサーや通信、表示素子を搭載し、眼圧や涙液中糖分などをモニタリングする用途も検討されている。一方で、ドライアイなどレンズ装着による弊害なども指摘されてきた。
そこで西澤氏らの研究グループは、電気的にレンズの湿潤を保つ新しい水分補給方法を開発した。コンタクトレンズ内に「EOF」を発生させて保湿をする方法である。EOFは、固定電荷などによりイオンの移動度に大きな差がある場合に、通電することで生じる。キャピラリー電気泳動やマイクロ流路での送液に用いられる方法だという。ところが、EOFによる送液システムではこれまで、ハイドロゲルに固定電荷を導入する検討はほとんど行われていなかったという。
今回の研究では、メタクリル酸(MA)、2‐ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)、メチルメタクリレート(MMA)と、生体安全性を有する3種類のモノマーを、ある割合で共重合し、固定電荷密度が異なる5種類(サンプル1〜5)のハイドロゲルを調製した。これ以外のエチレングリコールジメタクリレート(EDMA)とV-65はそれぞれ、架橋剤と重合開始剤である。
試作した5種類のハイドロゲルフィルムを用いて発生するEOFを計測し、MAの割合による電気浸透効率(keo)の変化を調べた。この結果、MAが増えると固定電荷によるゼータ電位の値は大きくなり、電気浸透効率も高くなるなど、発生効率を調節できることが分かった。MAの割合が増えると、ハイドロゲルが脆くなることも明らかとなった。
その後の実験では、厚さが0.2mmのコンタクトレンズ形状を維持できるようMA割合が10wt%のハイドロゲル素材を用いた。EOFによるハイドロゲルの乾燥防止についての検討も行った。ハイドロゲルシート(7.5×14×0.2mm)の下端3mmをマッキルベイン緩衝水溶液(pH 7.0)に浸し、EOFを発生させるために直流電流を印加しながら、時々イオン電導度を測定するモードに切り替えた。
この結果、最初の30分間はEOFを発生させない自然乾燥にした場合に、一定速度で伝導度が低下(乾燥)した。その後、120μA/mm2を流して上向きのEOFを発生させると、30分間でイオン伝導度が初期の値に戻るなど、乾燥したハイドロゲルが再び湿っていることを確認した。下向きのEOFは乾燥を早める効果があることも分かった。
湿潤効果は、電流密度が大きいほど顕著に現れるが、20μA/mm2と比較的小さくてもその効果を確認することができた。50μA/mm2ではほとんど乾燥しないという。
EOFの湿潤効果。左上はEOF電流の印加とイオン伝導度(含水量)、右上は電流値を変化させた場合の伝導度変化、左下はEOF値によるイオン伝導度変化(乾燥)、右下はEOF値による乾燥速度の変化 出典:東北大学
アクリル樹脂で作製した球面状の眼球モデルに、MAの割合が10wt%のコンタクトレンズを装着した状態で、隙間に注入した水分の動きを蛍光ビーズの動きで直接観察し、EOFの保湿効果を検証した。この結果から、EOFを流さないと、水分がなくなり60分後にビーズの動きが止まった。これに対し、53μA/mm2を印加すると、60分後も水分が保持されていることを確認した。
最後に、コンタクトレンズに電池を搭載し、電池駆動の自立型デバイスとして利用できるかも検証した。検討したのは「Mg/O2電池」と「フルクトース/O2バイオ電池」の生体適合性電池である。この結果、電池による発電で、乾燥速度は明らかに低下していることが分かり、保湿効果を確認することができた。
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