強いスピン軌道相互作用と長いコヒーレンス時間を両立:大規模な量子コンピュータ実現へ
東北大学は、シリコン中のホウ素原子に束縛された正孔で、極めて長いコヒーレンス時間を観測した。大規模な半導体量子コンピュータの開発につながる研究成果とみられている。
シリコン中のホウ素原子で量子ビットを形成
東北大学大学院理学研究科の小林嵩助教(研究当時)らによる国際共同研究グループは2020年7月、シリコン中のホウ素原子に束縛された正孔で、極めて長いコヒーレンス時間を観測したと発表した。大規模な半導体量子コンピュータの開発につながる研究成果とみられている。
量子コンピュータの実現に向けては、強いスピン軌道相互作用を有する材料で量子ビットを形成する研究が行われてきた。しかし、これまで用いられてきた材料だと、コヒーレンス時間が1マイクロ秒以下と極めて短く、量子コンピュータへの応用は難しかったという。
研究グループは今回、同位体濃縮で得られたシリコン28(28Si)結晶中のホウ素不純物原子に束縛された正孔に着目した。シリコン中の正孔は強いスピン軌道相互作用を持つからだ。特に、ホウ素原子に束縛された正孔は、特異なエネルギー準位配置となり、外場によってスピン軌道相互作用を制御することが容易だという。
実験で用いた試料は、ホウ素不純物を添加した厚み50μmの28Si結晶と、厚み1mmの溶融石英板をエポキシ接着剤で貼り合わせた。この試料は、室温環境だと28Si結晶にひずみは生じないが、低温環境になると熱膨張係数の違いによって、28Si結晶側にわずかなひずみが加わるという。
わずかにひずんだ28Si結晶に含まれるホウ素不純物のコヒーレンス時間を、Hahnエコー法で測定した。この結果、一般的なスピン量子ビット測定と同等の極低温環境において、ホウ素原子に束縛された正孔が、0.9ミリ秒のコヒーレンス時間を持つことが明らかとなった。ひずみがない28Si結晶は23マイクロ秒であることから、ひずみによるスピン軌道相互作用の制御によって、コヒーレンス時間を改善できることが分かった。また、Carr-Purcell-Meiboom-Gill法で電磁場の揺らぎによる影響を抑えると、コヒーレンス時間は9ミリ秒まで延長された。
今回の実験で得られたコヒーレンス時間は、従来のスピン軌道相互作用を持つ量子ビットと比べ104〜105倍も長くなった。コヒーレンス時間を大幅に改善できたことで、半導体量子コンピュータの開発に新たな道筋を示した。
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