塗布型TFTを開発、半導体結晶膜を高均質に塗布:シャボン膜メカニズムを活用
東京大学は、液体を強くはじくフッ素樹脂の表面上に、半導体結晶膜を高均質に塗布できる新たな技術を開発した。この技術を用いて、駆動電圧が2V以下でSS値は平均67mVという塗布型TFT(薄膜トランジスタ)を開発、その動作を確認した。
駆動電圧は2V以下、SS値は平均67mV
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の北原暁大学院生や井上悟特任研究員、松岡悟志助教、荒井俊人講師および、長谷川達生教授らの研究グループは2020年10月、液体を強くはじくフッ素樹脂の表面上に、半導体結晶膜を高均質に塗布できる新たな技術を開発したと発表した。この技術を用いて開発した塗布型TFT(薄膜トランジスタ)は、駆動電圧が2V以下でSS(Subthreshold Swing)値は平均67mVという値を示した。
研究グループはこれまで、塗布型半導体材料とこれを用いた成膜プロセスの開発および、デバイスの高性能化に取り組んできた。特に注目している材料がπ電子骨格にアルキル鎖を連結した非対称な棒状分子である。インクにこの分子を溶かし乾燥させると、均質性の極めて高い半導体結晶膜が得られるという。これを用いて作製したTFTの移動度は比較的高いが、低電圧動作や安定駆動などに課題があった。
そこで研究グループは、「シャボン膜メカニズム」を活用して、高撥液の絶縁層上に均質性の高い半導体結晶膜を塗布するための新たな成膜法を開発した。ここでは、非対称有機半導体材料である「Ph-BTNT-Cn」や、高撥液の絶縁層材料であるアモルファス性フッ素樹脂「Cytop(サイトップ)」を用いた。
開発した成膜手法の概要はこうだ。高撥液絶縁層のCytop上に、金属膜パターンでU字型に囲った領域を形成。これを含む領域上でブレードコート法による成膜を行うと、金属膜で囲われた高撥液領域上に、金属膜上と同様に半導体層を形成できることが分かった。
成膜の様子をリアルタイムに光学顕微鏡で観察した。そうしたところ、金属枠で囲われた領域内で、メニスカスが延びて溶液が濡れ広がった状態が保持されていることが分かった。得られた半導体薄膜について、偏光顕微鏡による観察やX線回折測定を行ったところ、優れた結晶性を有することが明らかになった。原子間力顕微鏡による観察では、2分子膜1層分に相当する5.2nmの膜厚が全体的にそろった、極めて均質性の高い半導体膜であることを確認した。
開発したプロセス技術を用いて、ボトムゲート・ボトムコンタクト型の有機TFTを作製し、電気特性を評価した。ゲート電圧を固定してドレイン電圧を変化させた時の出力特性は、ドレイン電圧が低いと電流値は直線的に増加。逆に高くなると電流値は一定値となった。
一方、ドレイン電圧を固定してゲート電圧を変化させた時の伝達特性は、0V近傍で急峻な立ち上がりが見られ、ヒステリシスはなく、移動度は4.9cm2/Vsに達することを確認したという。SS値は、平均で67mVとなった。これは、理論最小値に近い値であり、極めてクリーンな半導体/絶縁層界面が形成された結果だという。
さらに研究グループは、Cytop絶縁層上に高精細の金属電極配線を印刷形成できるスーパーナップ法を用い、同様の有機TFTを作製した。その結果、80℃以下の低温プロセスを可能にし、真空装置も使わない塗布プロセスを用いて、低電圧で安定動作し急峻なスイッチング特性を示すデバイスの開発に成功した。
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