Samsung会長逝去、浮かび上がった半導体業界“3偉人”の意外な共通点:湯之上隆のナノフォーカス(32)(4/4 ページ)
Samsung Electronicsの李健熙(イ・ゴンヒ)会長が2020年10月25日に死去した。同氏の経歴をあらためて調べていた筆者は、半導体業界の“3人の偉人”に関する、意外な共通点を見つけた。その共通点を語りつつ、Samsungの現状と課題を解説したい。
Samsungの現状
李健熙が2014年5月10日に倒れて以降、Samsungの実質的トップは長男の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が担っている。早晩、李在鎔がSamsungの3代目会長に就任するだろう。
カリスマ的リーダーだった李健熙が亡くなったことによって、Samsungが混乱するかもしれないというような記事もあるが、李在鎔は6年間も李健熙会長不在の中で経営を行っており、そのような混乱は杞憂であると思う。
そのSamsungの半導体事業は、どのような状況にあるのだろうか(図7)。2020年第2四半期時点で、DRAMのシェア1位(43.5%)、NAND型フラッシュメモリのシェア1位(31.4%)、ファウンドリーのシェア2位(18.8%)となっている。
DRAMとNANDでは、2位以下を大きく引き離しており、メモリのチャンピオンであることは間違いない。また、後発だったファウンドリーでも、中国SMIC、台湾UMC、米国GLOBALFOUNDRIESを次々と追い抜いて、TSMCに次ぐ2位の座を不動のものにしている。
このようなSamsungの現状を、「絶好調」と表現する人もいるが、筆者はそうは思わない。Samsungの半導体事業は、相当難しい局面に立たされていると思う。
Samsungのメモリの課題
まず、DRAMでは、中国の紫光集団やCXMT(ChangXin Memory Technologies)が先端1X世代の開発を行っている。中国メーカーがすぐに先端DRAMを量産できるとは思えないが、万が一ということもある。DRAMは、需要と供給のバランスにより、大きく価格が変動するメモリである。もし、中国メーカーが先端DRAMの開発に成功し、量産し始めたら、価格暴落が起き、市場が破壊される恐れがある。
DRAMの歴史をひもとくと、シェアの低い企業から退場していったことが分かる。そのため、DRAMシェア上位3社のうち、最もシェアが低いMicron Technologyが大きな危機感を持ち、たとえ中国メーカーが進出してきても倒産しないための戦略を実行しつつある(拙著記事:「主戦場がサーバに移ったDRAM大競争時代 〜メモリ不況と隣り合わせの危うい舵取り」)。
そのMicronの戦略とは、2019年まで「1世代2年」で進めてきた開発と量産を、「1世代1年」に加速し、技術で最先端を突っ走るというものである(図8)。実際、信頼できる筋からの情報によれば、1a(Micronは1αと呼ぶ)の量産規模で、MicronがSamsungをりょうがしていると聞く。
図8:SamsungとMicronのロードマップ 出典:Shigeru Shiratake (Micron),”Scaling and Performance Challenge of Future DRAM”, IMW2020の資料および筆者の調査による(クリックで拡大)
また、3次元NANDでは、48層と64層でSamsungが先行したが、多層化が進むメモリセルの一括加工にこだわるるあまり、96層では48層の2段積みを選択したキオクシアとWestern Digital連合に制覇され、さらに2020年11月9日にはMicronが世界初となる176層の出荷を開始すると発表している。
加えて、SK hynixがIntelのNAND事業を買収することで合意した。SK hynixは、キオクシアの株式15%を持っており、将来的に、SK hynix+Intel+キオクシアの大連合が形成される可能性がある(図9)。すると、この大連合のシェアは40.4%となり、Samsungのシェア(31.4%)を超えてしまう(拙著記事:※JBpressのサイトに移行します)。
要するに、DRAMもNANDも、現在のSamsungのシェアは1位であるが、その技術レベルにおいては他社に先行を許しており、NANDのシェアでも1位の座は安泰ではないということだ。
Samsungのファウンドリーの課題
Samsungは、2030年までにファウンドリー分野でTSMCに追い付くという大目標を立てた。そのファウンドリーの微細化の競争では、最先端EUV(極端紫外線)露光装置(以下、単にEUV)をどれだけ確保できるかが焦点となっている。
世界で唯一EUVを供給することができるオランダのASMLは、2016年に5台、2017年に10台、2018年に18台、2019年に26台のEUVを出荷し、2020年は36台の出荷を見込んでいる。しかし、2020年5月時点で、受注残が56台もあり、先端半導体メーカーの要求にまったく応えることができていない(拙著記事:※Business Journalのサイトに移行します)。
筆者がかき集めた情報によれば、2019年末時点で、TSMCが約25台、Samsungが約10台のEUVを保有していたとみられる(図10)。これが2020年末時点では、ASMLが製造するほぼ全てのEUVがTSMCに導入されると推察している。そうなると、2020年末時点で、TSMCが61台、Samsungが10台のまま、ということになる。
この状況に危機感を覚えたSamsungの李在鎔副会長が2020年10月13日、ASMLを電撃訪問し、同社CEOのPeter Wennink 氏およびCTOのMartin van den Brink氏に、「2020年中に9台、その後は毎年20台のEUVを導入したい」と直談判した模様である。
しかし、恐らくSamsungの李在鎔副会長の要望は実現できないだろう。というのは、TSMCはASMLの製造能力をはるかに超える台数のEUVを要求していることが分かってきたからだ。当初、2025年末のTSMCにおけるEUV保有台数は211台と推測していたが、大幅に上方修正されると思われる。
つまり、ASMLは、現状ではTSMCの要求すら満たすことができず、従ってSamsungに回せる余裕はほとんどないと考えられる。このままでは、TSMCとの差は開く一方である。
Samsungの将来展望
偉大な経営者の後釜は、苦労するのが世の常である。今回取り上げたケースでいえば、Intelの3代目CEOのGroveがあまりに強烈な経営者だったため、4代目CEOのCraig Barrettや5代目CEOのPaul Otelliniは、株主から批判され続けたようである。
特に、2004〜2005年頃、Appleの故Steve Jobsから「iPhone」用プロセッサの生産委託を持ち掛けられたが、それを断ってしまったOtellini CEOは、任期途中の2012年11月に突如、辞任を発表し、2013年5月に退任した。OtelliniがAppleの生産委託を断ったことは「Intel史上最大のミスジャッジ」と言われ、Intelの売上高を拡大していたにもかかわらず、退任に追い込まれたのである。
前節までに説明した通り、Samsungは、TSMCの後塵を拝しているファウンドリー事業だけでなく、シェア1位のDRAMやNAND事業でも難しい局面を迎えている。この難局を乗り越えられるかどうかによって、次期会長の李在鎔の評価が決まってくるだろう。特に、チャンピオンとなり、追われる立場が続いている2種類のメモリについては失敗は許されない。李在鎔の今後の経営手腕に注目したい。
筆者プロフィール
湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。
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