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GIGAスクール構想だけでは足りない、「IT×OT×リーガルマインド」のすすめ踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(16)STEM教育(4)(10/10 ページ)

今回は、全国の小中学生に1人1台のコンピュータと高速ネットワークを整備する文部科学省の取り組みである「GIGAスクール構想」と、その課題から、“江端流GIGAスクール構想”を提案してみました。

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江端さんは「見える子ちゃん」なんですね

後輩:"IT教育 = IT x OT x リーガルマインド"には感服しました。正直、じだんだを踏みたくなるくらい悔しいのですけど、『これはやられた』と思いました」

江端:「そうなの?」

後輩:「この国において、決定的に欠けているのは、"定義"ですよ。「IT教育って何?」と問われた時、

『国民全体のITリテラシーの向上』だの、『国際的にも通用・リードする実践的かつ高度なIT人材の育成』だの、『自分で考える力の育成』だの ―― これ、答えになっていますか?」

江端:「全く答えになっていないな。『IT教育』が、何なのか、全く分からん」

後輩:「そして、「ITリテラシーって何?」と言われれば、ある人は『ネット詐欺対策』と思い、またある人は『パワーポイントを使えることだ』と言い、また他の人は『プログラミングができるようになることだ』と断定する、と、このように人によって、見解が全然違う訳ですよ」

江端:「私は、特許明細書の請求項(クレーム)の書き方をまねただけなんだけどな ―― ほら、クレームには、『Aという手段と、Bという手段と、Cという手段からなる、発明Z』と記載するよね。で、今回は、"IT教育"を構成する要素はA,B,Cは、何だろうな? と考えていたら、それが、"IT"と"OT"と"リーガルマインド"になっただけだ」

後輩:「この"IT x OT x リーガルマインド"の『かけ算』の記述もいいです。これ、どれか一つが"0(零)"になったら、全て台無しになる、というのも真理です ―― つまりですね、私たち日本人は、ものごとを、構成要素に因数分解して、その上で定義しなおす、ということが、絶望的に下手くそなんですよ」



後輩:「まあ、ともあれ、今回のコラムは、江端さんの、我が国のITの後進性に激怒している様子がビンビン伝わってくる、良いコラムではありましたが ―― でもね、江端さん、このような分析を続けていたら、江端さんの精神状態が、どんどん悪くなってしまいますよ」

江端:「うん、特に、国会議員のIT対応のことを調べていた時は、怒りのあまり、気を失いそうになった」

後輩:「私は、江端さんが、『代表質問の時に、山のような書類を抱えて登場する国会議員』に、ガソリンふりかけて火を付けないか、かなり本気で心配しています」

江端:「まさか、そんな……」

後輩:「江端さんなら、SNSで『デジタル化を妨害する政府要人について語る』てなグループを作って、そこで、自分自身を先鋭化して、テロ行為を行いかねません ―― 江端さん、私の目を見て、『それ』を否定できますか?(*)」

(*)ちなみに、後輩レビューは、電話で行っています

江端:「ない……と思う。『絶対にないと言える』方向で前向きに善処したい……」

後輩:「江端さんは、『イスラム過激派』や『ネオナチ』の例では、理性的に正論を展開できるんですけど、『自分の正義』については、客観視できない人なんですから、ちゃんと自覚しておいてくださいね」

江端:「……はい」

後輩:「では、そんな江端さんのために、2つほど助言をしましょう」

江端:「?」

後輩:「まず一つ目。政治の目的の一つには『後進性 ―― ものごとを遅らせる』がある、ということです。

江端:「そうかぁ? 前回の選挙で、全ての政党の党首は、『スピード感のある政策』をうたっていたぞ」

後輩:「選挙のリップサービスなんぞどーでもいいんですよ。先進性というのは、一般的に私たちの世界(エンジニア、研究員)の中では『絶対的な正義』ですが、『付いてこられない人間を切り捨てる』という負の側面があります。だから、『後進性』は、全ての『先進性』に対する逆ベクトル ―― 空気抵抗や重力みたいなもの ―― として、存在するのですよ」

江端:「それは、つまり、コロナ禍が、この『後進性』という逆ベクトルが瞬間的に消えた、例外的な期間であった……と?」

後輩:「その通りです。そうでなければ、GIGAスクール構想なんぞ、抵抗勢力によって、あと10年は実現できなかったでしょう。はっきり言って、『コロナ禍を奇貨として、リモート授業を口実に、モンスターペアレンツと、無勉強な現場の教師と、ITオンチの政治家を抑え込んで、この構想を絶対に完了させるぞ』という政府(文部科学省)の執念と勝利です。この件では、江端さんは、政府を褒めていいと思います」

江端:「でも、それは、たまたま、コロナ禍があったからであって……」

後輩:「江端さんには『釈迦に説法』とは思いますが、"牛歩戦術*1)"は知っていますよね。衆議院の投票システムに、押しボタン方式が導入(1988年)までの間に、どれだけの抵抗があったもご存じのはずです*2)

*1)議会内での投票の際、呼名された議員が故意に投票箱までの移動に時間をかけて、午前0時、つまり日付が変わった時点で投票が終了させないことで、その投票自体が無効にするという戦術
*2)ちなみに、押しボタン導入後の現在も、"牛歩戦術"は有効である(参考

江端:「うん、こんな『後進性』に、われわれの血税が使われ、かつ、その国民(の一部)からは、大義が認められていた、ということは、覚えておくべきことだと思う」

後輩:「それと、マイナンバーカードについても、江端さん、腹を立てているんですよね」

江端:「そもそも、国民のマイナンバーカードの取得率が低いのは、政府がメリットを示せていないからだ。『マイナンバーカードと運転免許証と保険証の統合をする、程度のことに、一体何年かかっとるんだ?』 そんでもって、『クレジットカードとSUICAやなどの機能アドインする程度のこと、とっととできんのか』と……」

後輩:「そこで、二つ目です。江端さんは、そこが間違っているのです。マイナンバーカードを、『(行政)サービス』と思うから、腹が立つんですよ。マイナンバーカードは『インフラ』と考えるべきなのです」

江端:「インフラって、ガス、水道、電気、交通、道路……って意味?」

後輩:「そうです。インフラであれば、提案に1年、設計に1年、開発に1年、検証に1年、実証実験に1年、あと官庁の縦割り行政や、ITオンチの議員への根回しと説得に1年 ―― 合計6年間が必要な社会インフラと考えれば、腹立たないでしょう? マイナンバーカードも、電気、水道、道路工事のスパンで考えるべきなのですよ」

江端:「えーー?、そうかぁ? だって、サービス統合なんて、カードナンバーを、各官庁のシステムに登録されている個人名でひもづけすれば足りることだし、民間のシステム(クレカやSUICA)についても、電子認証をベースとして、インターフェースを開示すれば、それだけのことであって……」

後輩:「なるほど……分かりました。江端さんにとっての最大の不幸は、現状のITシステムが見えてしまう『見える子ちゃん』であることなんですね ―― 本当に気の毒だと思いますが、今の江端さんには『あの、町内会のジジイたち*)』のレベルにまで"退行"――とまでは言いませんが、恣意的に"後退"していく努力が必要です」

*)関連記事:「デジタル時代の敬老精神 〜シニア活用の心構えとは

江端:「……」

後輩:「江端さん。GIGAスクール構想は、コロナ禍の中で生まれた、奇跡の種です。世界がコロナ禍の前に戻っていったとしても、この奇跡の種は、既にまかれました。これから、10年、20年の単位で、必ず、この種は花開きます ―― だから、長い目で見守りましょう」

江端:まあ、その間に、日本のデジタル競争力が、28位から280位に転落しなければ、いいんだけどね


Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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