課題満載のSTEM教育でも、コロナ下で起きていた教育現場のパラダイムシフト:踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(17)STEM教育(5)(6/6 ページ)
本シリーズでは、STEM教育の中でも特にプログラミング教育を取り上げてきましたが、やはり課題(ツッコミどころ)は満載です。それでも、いろいろと調べていくうちに、いくつかの光明も見えてきました。
実は教育現場で起きていたパラダイムシフト
普段、後輩からのレビューは、電話で行っているのですか、今回に限っては「リモート会議」をリクエストされました ―― 『資料を使って説明しなければならない』と言われたからです。
ログインするやいなや、何やら難しげな題目のプレゼンテーション資料が出てきました。
江端:「いきなり、何をしようとしているんだ?」
後輩:「いきなりドラフト原稿を送りつけて、『本日中にレビューしてくれ』と頼みこんでくる人が、それを言いますか」
と言って、おもむろに、後輩はプレゼンを開始しました ―― 内容は、「男女あるいは個人における脳構造の違い ―― 問題解決型と共感型」に関して、でした(参考)。
後輩:「まあ、『問題解決型』については、今さら語るまでもありません。これは、私たちの脳の構造のことですからね。重要なのは多くの人が『共感型』のメリットを理解していない、ということです」
江端:「『共感型』にメリットなんかあるの?」
後輩:「共感型は、女性に多いと言われています。ただ気を付けてくださいね。『女性=共感型』ではないですからね。ポリコレ(ポリティカルコネクトネス)*)を振りかざして、面倒な突っ込みをしてくる奴が ―― まあ、そういう人の知性では、このページまでたどりつけないでしょうが」
*)特定の言葉や所作に差別的な意味や誤解が含まれないように、政治的に(politically)適切な(correct)用語や政策を推奨する態度
江端:「それはいいから」
後輩:「つまりですね。共感型の人は、一方的に自分の話をして、ロジカルに話ができない、と言われていて、一方的にデメリットのように言われていますが、これ間違っているのです」
江端:「というと?」
後輩:「共感型の人は、『一方的に自分の話をして、ロジカルに話をしない』のではなく、そういう話を聞いて、『その体験を自分のものとして体得する能力がある』のですよ」
江端:「それは、人の話を聞くことで、自分の経験から過去の事件をひっぱり出して、再構成できる、ということか」
後輩:「違います ―― まあ、江端さんが、そういう風に誤解するのは、想定内でしたが」
江端:「ん?違うの?」
後輩:「いいですか。よく聞いてくださいよ。共感型の人とは、他人の体験を聞くことで、他人の体験を自分の中で、そっくりそのまま取り込むことができて、それを利用することができるんですよ。つまり、他人の体験を、そのまま自分の体験とすることができるんですよ」
江端:「それって……メインルーチンからフォークされて生成されたチャイルドプロセスを、そのまま別マシンにコピペして起動させることができる、ってこと?」
後輩:「なんで、C言語なんですか……今なら、Dockerのイメージをクラウドにアップロードして、そのまま、自分のホストOS上にダウンロードして動かすことができる、ですよ」
江端:「それはいいから」
後輩:「江端さんのその理解で正しいです。でね、江端さん。他人の考えたアルゴリズムを勉強して理解する方法(問題解決型の思考)と、他人の作ったDockerイメージを直接ダウンロードする方法(共感型の思考)の、どっちが優れている(コストパフォーマンスが高い)と思います?」
江端:「そんなもん、論じるまでもなく『Dockerイメージのダウンロード』の勝利で確定だろう」
後輩:「私たち理系の研究員は、『結論を最初に言え(筆者のブログ)』が、絶対の正義とたたき込まれていますが、これ、それほど『絶対的』でもないんですよ。共感型の脳を持っている人同士の間での、一方的に自分の話をして、ロジカルに話ができないように見えるコミュニケーションは、実は、優れた問題解決のメソッドなんです」
江端:「そうか、あの井戸端会議の時間は、Dockerイメージのダウンロード時間だったのか……」
後輩:「それでも、私たちがロジックで理解する時間と比較すれば、”超高速”です」
江端:「で、まあ、ここまで長いプレゼンをしたのは、今回のテーマの一つである『性差』の話につなげるためだよね」
後輩:「江端さんの言う『ホルモン説『も『環境説』も正しいのです。最近、ポリコレ偏重によって、性差について語ることが萎縮させられている傾向があると思うのですが、個人差や性差を、科学的に正確に理解していないと、効率的な教育なんかできません」
江端:「その『効率的な教育』の実例ってある?」
後輩:「そうですね。米国の先進的なハイスクールにおいては、男女で数学の教室を分けている、という実例がありますね」
江端:「それって、男女差別の温床……」
後輩:「と、まあ、今の日本なら、そういう話になってしまうでしょう。しかし、問題解決型の脳を持つ人間と、共感型の脳を持つ人間を、同じアプローチで教育する、ということの方が、かなり乱暴です」
江端:「うむ。そもそも、それを言い出したら、男子校や女子校は、その存在自体が『ダメ』だよな」
後輩:「江端さんも書いていますが、女子校からの理系学科への進学率が極めて高いことからも、脳の構造に対応した教育の有効性は、明らかです。例えば、江端さんの娘さん(次女)は、いわゆる”ギフテッド”だったかもしれませんが ―― 江端さんの怠惰で娘さんの才能がつぶされた、ということです」
江端:「おい。それは『私』ではなく『学校』に言ってほしいぞ」
後輩:「そこですよ、江端さん ―― 江端さんは今回インタビューを受けてもらえなかったことに、随分ご不満な様子ですが、教育委員会や学校の、その絶望的な状況を理解していないんですよ」
江端:「インタビューといっても、1時間程度、話を聞くだけだぞ。別に、(マスコミのように)悪意ある質問をしようとも思っていないし」
後輩:「現場は、その”1時間”すらも捻出できない状況なのですよ。私、今、小学校のPTA会長をやっているので良く知っていますが、子どもに関するトラブルが、全部学校に回ってきて、校長先生と教頭先生の激務たるや、もう言葉にならないほどです。例えば……(以下、略。所要時間5分))」
江端:「え。そんなにひどいの? なんで校長や教頭なんぞ続けているの? 完全にサンドバックじゃん。小学校は、調停機関でもなく、司法(裁判所)でもなく、教育機関だぞ。私なら、即日辞職するな」
後輩:「他の人はともかく、江端さん”だけ”は、”それ”を言えないと思うんですけどねえ……いろいろとウワサは聞いていますよ。例えば(以下、略)とか、(以下、略)とか」
江端:「子ども(の命)を守るのが、保護者の努めだ。そのためなら、学校の一つや二つ、いつでも壊滅させる覚悟はある」
後輩:「そういう攻撃を、校長も教頭も教育委員会も24時間受けつづけているんですよ。だから、まあ、インタビューに応じてもらえなかったことくらいで、腐らないでください ―― 自業自得なんですから」
江端:「私は、インタビューで教育現場でのiPadを使ったIT(Information Tech.)やOT(Operation Tech.)の実体を知りたかっただけなんだけどなぁ。絶対に、今、教育現場では、大きなパラダイムシフトが起きているハズなんだよ」
後輩:「なんで、そう思うんですか」
江端:「今年度、私、2回、国際学会の発表をしてきたんだけど、すごいことできちゃったんだ ―― なんと、1つの学会中に、10回以上も発言してきたんだよ! ―― 英語で!」
後輩:「おお!それはすごいで……」
江端:「チャットで!」
後輩:「はい?」
江端:「つまり、リアルな学会会場で、英語で質問するなんて私にはすごくハードルが高くて無理なんだけど、リモート会議の発表であれば、PCからチャットで質問を書き込めるんだよ!」(筆者のブログ)
後輩:「……」
江端:「で、それを、座長(チェアマン)が取り上げて、どんどん議論に参加することができるんだ! これってすごくない? 『リモート学会発表万歳!』と、世界中に大声で叫びたい!」
後輩:「ああ、そういうことでしたら、確かに、現在のGIGAスクール構想でも、同じことができていますね。『付箋(ふせん)ワーク』です(参考:YouTubeに移行します)。これすごいですよ。授業中になかなか手を上げて発言できない子どもたち ―― 国際学会での江端さんみたいな子どもたち ―― が、安心して、意見を付箋で書き込むことができるようになっているんです」
江端:「それって、今、私たち研究員やシンクタンクでやっている、ブレストの定番手法だよね。それを小学生が普通に使っている、ってこと? もう、私たち、子どもに『抜かれている』んじゃないの?」
後輩:「教室は静かですが、iPadの中では、生徒たちが大騒ぎしながら、自分の意見を言って、授業に参加しているんですよ ―― これ、パラダイムシフトじゃないですか」
江端:「そうだよ! これ、教育現場が100年間、主張し続けてきた授業のあり方そのものじゃんか。それを、このコロナ禍の2年間で達成した? すごいことじゃないか! なんで、マスコミは、パスワードクラックやら、エロ動画にアクセスする男子生徒のことしか報道しないんだ?*) ―― このパラダイムシフトを、もっと大規模に宣伝しろよ! もっと私を活用しろよ! 私がもったいない‼!」
*)関連記事:「GIGAスクール構想だけでは足りない、「IT×OT×リーガルマインド」のすすめ」
後輩:「えっとね、江端さん。これが『世紀のパラダイムシフト』であると気が付いているのは、多分、江端さんと私くらいです。マスコミはもちろん、保護者も気付いていません」
江端:「でも、少なくとも、現場の教師や子どもは気が付いているよね」
後輩:「言い難いのですが、教師も気が付いていません。ITリテラシーが低い教師は論外ですが、ITリテラシーが高い教師も『付箋ワークを普通のこと』と思っているので、別段気が付きません。当然ですが、子どもは、『それが普通の授業だ』と思っているので気が付きません ―― 気が付いているのは、ITに精通している私たちだけです」
江端:「なんてことだ……、なんと、もったいない。これは、行政庁の中でも、特に文部科学省の勝利(頭の悪い政治家や保護者に対する)であり、教育委員会、校長、教頭先生たちの成果であると、私は世間に発表したい!」
―― とまあ、今の江端は、文部科学省や現場の教師の皆さんへの礼賛の気持ちであふれまくっています。今の江端を逃す手はありません。どうかインタビューに応じて頂けますよう、お願い申し上げます*)
*)ちなみに、EE Times Japanの編集部は、インタビュー後に特別編を掲載してもいい、と言っていましたよ。
Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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