メモリ不況は当分来ない? 〜懸念はIntelのEUVと基板不足、そして戦争:湯之上隆のナノフォーカス(48)(4/4 ページ)
筆者は世界半導体市場統計(WSTS)のデータを徹底的に分析してみた。その結果、「メモリ不況は当分来ない」という結論を得るに至った。そこで本稿では、その分析結果を説明したい。
当面メモリ不況は起きない?
図8に、MPU、DRAM、NANDの出荷個数の推移を示す。MPUの出荷個数は2019年に3.83億個まで落ち込んだが、その後、回復していき、2021年には2016年のピークまであと1900万個に迫る4.99億個を出荷した。
MPUの出荷個数の増大の原因としては、Intelの10nmがやっと立ち上がってきたことと、TSMCに生産委託しているAMDのMPUの出荷個数が増大してきたことが挙げられよう。そして、今後もMPUが増大し続ければ、メモリ不況は起きないと思われる(そうなって欲しいと切に願う)。
しかし、懸念材料もある。冒頭で書いた通り、一つはIntelのEUV立ち上げ、一つはパッケージ基板不足、そしてもう一つは戦争である。
IntelはEUVを使いこなすことができるか?
Intelは、2021年1月に第8代目CEOに就任したPat Gelsinger氏が新しいロードマップを発表した(関連記事:「Intelがプロセスの名称を変更、「nm」から脱却へ」/2021年08月03日)。このロードマップに、量産開始年と、TSMCのテクノロジーノードとの対比を書き込んでみた(図9)。
Intelは、“Intel 7”を2021年に量産開始し、ことし2022年に出荷することになっている。これは、2016年に量産立ち上げに失敗した10nmと同じ世代で(構造、材料、プロセスは変えたと思うが)、TSMCのN7(ArF液浸版)と同等であると思っている。そして、この量産が立ち上がっているから、世界のMPUの出荷個数が増えていると推測している。しかし、その先は難題が山積している。
まず、IntelとTSMCの対比を行うと、“Intel 4”はTSMCの5nm、“Intel 3”はTSMCの3nm、“Intel 20A”はTSMCの2nmに相当すると考えられる。この対比が正しいと仮定すると、Intelは2022年後半にEUVが約15層もある“Intel 4”を量産しなくてはならない。
ところが、IntelにはEUVが3台程度しかない上に、それは量産機のNXE3400ではなく、R&D機のNXE3300ではないかと推測している。この状態で、2022年後半にTSMCの5nm相当の“Intel 4”が立ち上がるとはとても思えない。となると、2023年後半の“Intel 3”や2024年の“Intel 20A”の立上は絶望的であるように感じられる。
もし、IntelがEUVを使いこなすことができず、“Intel 4”や“Intel 3”の量産が立ち上がらない場合は、またしてもMPU不足を引き起こす可能性がある。そのようなMPU不足を起こさないためには、Intelが“Intel 4”と“Intel 3”をTSMCに全面的に生産委託することおよび、AMDがIntelの穴を埋める規模のMPUをTSMCに生産させること、などに期待がかかる。
果たして、Intelはどうするのだろうか(意地を張らずにTSMCを頼ってくれないか?)。
Server用パッケージ基板不足
もう一つの懸念材料は、IntelやAMDがTSMCに生産委託するなどしてMPUを生産できたとしても、そのMPUを搭載するFCBGA(Flip Chip-Ball Grid Array)基板が不足していることである。
このFCBGA基板は、日本のイビデンと新光電気の独壇場となっている(共著記事『半導体製造装置と材料、日本のシェアはなぜ高い? 〜「日本人特有の気質」が生み出す競争力』、2021年12月14日)。ところが、世界的なServer需要の高まりのため、FCBGA基板不足が顕著になっている(図10)。
図10:FCBGA基板の需要と供給の見通し[クリックで拡大] 出所:亀和田忠司氏(AZ Supply Chain Solutions)『2022年半導体の後工程プロセス展望』、2022年2月18日、グローバルネット株式会社主催のセミナー資料より抜粋
前掲記事の共同著者である元Intelの亀和田忠司氏によれば、FCBGA基板不足は2024年まで続く見通しであるという。もし、基板が足りない状態が続いた場合、それがボトルネックとなってServer用MPU不足を引き起こす可能性がある。これは、IntelやAMDにはどうしようもない問題であるため、イビデンと新光電気に頑張って頂くしか解決策はない。
戦争の早期収束を願う
IntelのEUVの立上の問題やFCBGA基板不足の問題は、平時(コロナ禍で“平時”と言っていいかどうか疑問はあるが)におけるテクノロジーや生産キャパシティーの問題である。
しかし、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、明らかに”有事“である。2022年3月10日、岸田内閣総理大臣は、「事態の展開次第では世界も、日本も戦後最大の危機に陥る」と発言した(日経新聞3月10日)。ただし、この発言は、「(日本の)エネルギー価格の高騰において」という文脈で用いられている。筆者は、「それどころではないだろう」と思ってしまった。
半導体産業だけに限ってみても、このような”有事“においては、どこで何のサプライチェーンが寸断され、どのような影響がどの分野に現れるかという予測が大変難しい。半導体製造においては、1次サプライヤー、2次サプライヤー、3次サプライヤーなど、非常に複雑な供給網が世界的に形成されているため、何か一つの原材料等が滞っただけで、半導体チップが全く製造できなくなるということが起こり得る。つまり、この戦争が半導体産業の大不況を招くことも十分考えられるのである注)。
注)「ロシアのウクライナ侵攻が半導体市場に与える影響は」によれば、ウクライナは、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノンなど希ガス、およびC4F6など半導体用原料ガスの主要な供給国であるという。まず、希ガスの供給が滞ると、KrFやArFの露光装置の生産及びその光源のメンテナンスに支障がでる。また、アルゴン、キセノン、C4F6は、絶縁膜エッチングに用いられる重要なガスであるため、これらの供給が滞ると、あらゆる半導体が製造できなくなる。戦争が長引いたり、戦争が収束してもガス工場が稼働できなくなったりすれば、世界の半導体産業に甚大な影響が出ることになる。そうならないことを願いたい。
最後に筆者の願いを述べて終わりにする。
1.戦争が早期に収束することを願う
2.MPU不足(または戦争)によるメモリ不況が来ないことを願う
本稿の原稿料は源泉税および消費税を除いた手取り分を全額、ウクライナ支援のために寄付した。何卒、筆者の願いがかないますよう祈念しております。
筆者プロフィール
湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。
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