新手法で燃料電池触媒のORR活性を2倍以上に向上:PEFCのコスト低減を可能に
量子科学技術研究開発機構(量研)と東京大学、日本原子力研究開発機構らの研究グループは、燃料電池自動車(FCV)の動力源となる固体高分子形燃料電池(PEFC)の触媒性能を、2倍以上も向上させる新たな手法を開発した。
Pt−炭素相互作用による新たなメカニズムも解明
量子科学技術研究開発機構(量研)と東京大学、日本原子力研究開発機構らの研究グループは2022年3月、燃料電池自動車(FCV)の動力源となる固体高分子形燃料電池(PEFC)の触媒性能を、2倍以上も向上させる新たな手法を開発したと発表した。性能向上のメカニズムも解明したことから、PEFCのコスト低減が可能になるとみられている。
研究グループは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が策定した燃料電池・水素技術開発ロードマップに基づき、「酸素還元反応(ORR)活性と耐久性を掛け合わせた性能で10倍向上」という開発目標を掲げた。FCVに搭載されるPEFCのコスト低減に向け、ORR触媒で大量に用いられている高価な白金(Pt)の使用量を削減するのが狙い。
これまで取り組んできた研究から、Pt微粒子と欠陥構造を有する炭素材料との界面で、より強く発現するPt−炭素相互作用を活用して、Pt微粒子の電子構造を操作すれば、従来の課題を解決できると判断した。
今回の実験では、量研のイオン照射研究施設(TIARA)を用いて炭素材料に欠陥構造を導入し、その表面にPt微粒子を形成させる新たな手法で触媒を作製した。欠陥構造の量は、1cm2当たり1.0×1014〜1.0×1016個で、照射するアルゴンイオン数を調整することでその個数を制御できる。
欠陥構造を含むグラッシーカーボン(GC)基板の上に堆積したPt微粒子(Pt/照射GC)のORR活性は、回転電極法で評価した。これにより、例えば電位0.85VにおけるPt単位面積当たりの電流(ik)は、欠陥構造量(照射イオン数)が増えると単純に増加した。未照射基板上のPt微粒子(Pt/未照射GC)に比べると、最大で約2.2倍にまで高まることを確認した。
ORR活性が向上するメカニズムについて、放射光を用いたX線吸収微細構造(XAFS)の測定により、Pt/未照射GCとPt/照射GCにおけるPtの化学状態を調べた。この結果、欠陥構造の導入と増加により、フォトンエネルギー2648eV付近で吸収ピークの強度が減少しており、Ptの酸化が抑制されていることが分かった。これは、酸素との結合エネルギー低下を示したもので、ORR過程で形成される酸素含有の表面官能基の脱離を速めたことが、活性向上につながったとみている。
さらに、密度汎関数理論(DFT)に基づく第一原理計算を行い、「Pt微粒子の酸化抑制」が「イオンビーム照射した炭素材料のどのような欠陥構造」に起因するのかを調べた。今回は、炭素材料を模擬する3層グラフェンシートの上に配置した13原子のPtクラスタ(Pt13)を計算モデルとし、表面から第1、2層目のグラフェンシートに単一あるいは複数の原子空孔を導入したときの「dバンドセンター」を計算した。
この結果、一般的にいわれている「酸素との結合が弱くなりORR活性が向上するとき、Pt微粒子のdバンドセンターが小さくなる」傾向と合致した。つまり、Pt微粒子の電子構造を変化させることで、ORR活性が向上することを確認した。
今回の研究成果は、量研量子ビーム科学部門高崎量子応用研究所の八巻徹也次長・プロジェクトリーダー、山本春也上席研究員、木全哲也協力研究員(当時は実習生)、東京大学大学院工学系研究科の毛偉特任研究員(研究当時は助教)、寺井隆幸名誉教授(研究当時は教授)、日本原子力研究開発機構の松村大樹研究主幹、下山巖研究主幹らを中心とする研究グループによるものである。
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