東北大学、光場を利用した電子レンズ装置を考案:「負の球面収差」も発生できる
東北大学多元物質科学研究所は、レーザーなど強力な光ビームによる「光場」で、電子レンズ装置を実現する手法を考案した。考案した光場電子レンズは、「負の球面収差」を発生することも分かった。
市販のフェムト秒レーザー光源で実現可能
東北大学多元物質科学研究所の上杉祐貴助教らによる研究グループは2022年4月、レーザーなど強力な光ビームによる「光場」で、電子レンズ装置を実現する手法を考案したと発表した。考案した光場電子レンズは、「負の球面収差」を発生することも分かった。
電子顕微鏡は、ビームサイズを0.1nm以下など極めて小さく絞り込むため、収差補正器を用い電子レンズ装置で生じる「正の球面収差」を適切に補正する必要がある。これを実現するため従来は、電極板で発生する電場、あるいは磁石の磁場を用いていた。しかし、この方法だと収差補正器が複雑で精密な構造となり、電子顕微鏡の価格は1台当たり数億円から10億円と極めて高価になっていた。
そこで研究グループは、光場を利用する新しい原理の電子レンズ装置を考案した。電子ビームが進む方向と同軸上に、ドーナツ状の強度分布をもつ光ビームを集光。電子ビームはビーム軸方向に収束する向きに、光場からポンデロモーティブ力を受ける。これにより、電子ビームに対し光場がレンズとしての役割を果たすことになるという。
研究グループは、「ベッセルビーム」および「ラゲールガウシアンビーム」と呼ばれる、2種類の典型的なドーナツ状光ビームを対象に、幾何光学に基づいた解析を行い、光場電子レンズの性質を調べた。その結果、焦点距離と球面収差係数を導くための簡素な公式を得ることに成功した。この公式から光場電子レンズは、従来の電子レンズだと原理的に生じない、「負の球面収差」を発生できることが分かった。
導いた公式を基に、3次球面収差係数が1nmの電子レンズ装置に向けて、球面収差を補正するための光場電子レンズを設計した。電子軌道計算による評価では、焦点で半径1nmだった電子ビームサイズを、0.3nmまで縮小できることを確認した。
この光場電子レンズを実現するのに必要となる光ビーム出力を算出した。これにより、太さ10μmのラゲールガウシアンビームを用いる場合、287kWの光パワーが必要になることが分かった。市販のフェムト秒レーザー光源でも、ピーク出力は10MWを超えている。このことから、光場電子レンズによる収差補正器は市販のレーザーを利用することができ、導入コストの削減が可能になるとみている。
研究グループによれば、0.1nm以下の電子ビームサイズを実現するためには、「対物レンズの3次球面収差」に加え、「5次以上の高次球面収差補正」、さらには「色収差」などの影響も考慮する必要があるという。
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