「ゲノムデータ解析を5分で」、日本の新興企業が挑む:超並列演算チップを開発(3/3 ページ)
生物が持つ遺伝情報を総合的に解析する「ゲノム解析」。ここ数年は、新型コロナウイルスの変異特定などにも用いられ、ニュースでも「ゲノム解析」という言葉をよく聞くようになった。今、そのゲノム解析の分野で、日本のスタートアップがイノベーションを起こそうとしている。2020年7月に設立された、Mitate Zepto Technicaだ。
2023年までに試作品を完成、SaaSモデルなども視野に
Mitate Zepto Technicaは、Rasenアクセラレーターの試作品を2023年までに完成させ、2024年の製品化を目指す。当初は国内市場をターゲットとする。顧客に提供する最終製品はRasenアクセラレーターをメインに考えているが、橋本氏は「チップ(Rasenプロセッサ)のみを使用してOEMを行いたいなどの話があれば、もちろん相談は可能だ」と語る。
代表取締役社長の原島圭介氏は、「ワークステーションにRasenアクセラレーターを組み込み、ワークステーションごと販売する方法や、当社のサーバでデータ解析を行い、解析結果を提供するSaaS(Software as a Service)のようなビジネスモデルも見据えている。そのようなケースでは、さまざまなパートナーと協業し、エコシステムを構築する可能性もある」と述べた。
ちなみに、サプライチェーンでの問題はないという。「Rasenには、28nmという技術的には成熟したプロセスを用いているので、現時点で調達面での大きな問題はない。チップやアクセラレーターの量産はまだ先だが、仮に、その時に40nmプロセスを適用した方が調達しやすい(製造しやすい)状況ならば、28nmから40nmに変更することも可能だ。高速演算にはアルゴリズムも大きく関わっていて、“5分でのデータ解析”という目標に対しては、アルゴリズム実装も含め、技術的に余裕がある」(原島氏)
1.5億円の資金を調達
Mitate Zepto Technicaは2022年7月、同年6月にクローズしたシードラウンドにて、Monozukuri Ventures、京都大学イノベーションキャピタルおよび3人の個人投資家から、1.5億円の資金を調達したと発表した。
Monozukuri Venturesでインベストメント ベンチャーパートナーを務める辻本和也氏は、「Mitate Zepto Technicaの技術はインパクトが非常に大きい。時間もコストもかかるゲノムデータ解析において、『実用化されたらすぐにでも使いたい』と業界が望むような、分かりやすいソリューションでもある。Mitate Zepto Technicaのエンジニアの経歴や実績も素晴らしい。開発チーム、ターゲット市場のいずれも優れており、投資の価値があると感じた」と語った。
「今回は、設計の根幹に関わる部分で資金を調達した。今後はプレシリーズA、シリーズAと進む予定だ」(原島氏)
ゲノム解析の高速化で広がる用途
世界のゲノム解析市場は、COVID-19により急成長していることもあり、2.4兆〜3兆円とされている。そのうち、ヒトゲノム解析市場は2.4兆円。つまり、現在のゲノム解析市場は、ほぼヒトゲノムを対象としていることが分かる。その中で、ヒトゲノム解析装置の世界市場は約1000億〜1500億円。5年後には3000億〜4000億円に成長すると予測されている。
Mitate Zepto Technicaの調べによると、2020年におけるゲノム投資額の国/地域別シェアは、米国が37%、中国が22.7%だ。英国も8.2%と米中に次ぐシェアを占める。「英国はゲノム解析にかなりの投資を行ってきた。2018年には10万人のゲノムの読み取りを完了していて、現在は100万人のゲノムを2023年までに読み取るプロジェクトが進行中だ。COVID-19の変異株が英国でいち早く検知されていたのも、こうしたゲノム解析への積極的な投資が背景にあるといわれている」(橋本氏)
原島氏は、「医療だけではなく、食糧問題や環境問題など、解決されるべき課題は多数存在する。ゲノム解析を用いれば、例えば小麦のゲノム解析を行って、収穫量が上がるように品種改良(※遺伝子組み換えではない)したり、プラスチックを食べるバクテリアのゲノム解析を行い、より効率良くプラスチックを分解できる種を探したりといった、社会問題の解決につなげられる可能性がある。一国にとって、安全保障も兼ねた、宝となる技術ではないか」と強調した。
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