水素を活用、酸化物熱電材料の熱電変換効率を向上:低い熱伝導率と高い電気出力を両立
東京工業大学は、チタン酸ストロンチウムの多結晶体に水素を取り込むことで、「低い熱伝導率」と「高い電気出力」を同時に実現し、熱電変換効率を高めることに成功した。
結合力が強いTi−Oと弱いTi−Hが混在し、熱伝導率が低下
東京工業大学の研究グループは2023年4月、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の多結晶体に水素を取り込むことで、「低い熱伝導率」と「高い電気出力」を同時に実現し、熱電変換効率を高めることに成功したと発表した。
廃熱を電気エネルギーに変える熱電変換材料としてはこれまで、重元素が用いられてきた。希少で毒性を有することもあるが、熱伝導率を低減するためである。より安価で環境に優しい材料として、SrTiO3などの酸化物熱電材料はあるものの、熱伝導率が高く、変換効率は低いという課題があった。
研究グループは今回、軽元素の水素を添加してSrTiO3の熱伝導率を低減させることに取り組んだ。実験では、SrTiO3粉体の還元反応に「水素化カルシウム(CaH2)」を用いて、負の電荷をもつ水素「ヒドリド(H-)」を酸素位置に置換した「SrTiO3-xHx粉体」を作製した。これを高温加熱して焼き固めるため、SrTiO3-xHxの圧粉体を金属箔で密閉した。これによって、高濃度に水素を含有した緻密なSrTiO3-xHx多結晶体(xは最大0.216)を作製することに成功した。
研究グループは、SrTiO3-xHxの多結晶体(代表としてx=0.068と0.216)について、格子熱伝導率(κlat)の温度変化を調べた。この結果、水素を添加していないSrTiO3多結晶体のκlatは、室温で8.2W/mKとなった。これに対し、水素を2.3%(x=0.068)添加したところ、κlatが5.4W/mKまで減少した。さらに、水素濃度を7.2%(x=0.216)に増やすと、3.5W/mKまで減少することを確認した。この効果は室温だけでなく、400℃という高温環境でも得られるという。
SrTiO3-xHx多結晶体(x=0.068)の熱電変換効率についても調べた。ランタン添加のSrTiO3多結晶体は温度が下がると出力因子も下がる。これに対し水素添加のSrTiO3-xHx多結晶体は、温度が下がっても出力因子は増えた。
この現象は、電子移動度の違いによるものだという。ランタン添加のSrTiO3多結晶体は、結晶粒界で電子伝導が阻害され、温度が低下すると電子移動度が下がる。これに対しSrTiO3-xHx多結晶体は、粒界散乱がほとんど寄与せず、室温でも高い電子移動度を示すという。この結果、水素添加のSrTiO3-xHx多結晶体は、高い出力因子と低いκlatを両立させて、高い熱電変換効率を実現することができた。
研究グループは、第一原理量子計算により、SrTiO3への水素置換による熱伝導率低減のメカニズムを解明した。水素の質量だけを重水素と酸素の質量で置き換えてκlatを計算したところ、質量差によるκlatの違いはほとんど見られなかった。
そこで、チタン(Ti)と水素(H)あるいは酸素(O)との結合力に着目した。水素添加のSrTiO3では、結合距離の短い(結合力の強い)「Ti−O」と、結合距離の長い(結合力の弱い)「Ti−H」が混在するという。今回のSrTiO2.75H0.25という構造モデルでは7通りの水素配置が可能で、全ての水素配置に対するκlatを計算した。この結果、水素配置によってTi−OとTi−Hの結合距離が異なり、結合長の差(偏差)が大きいほど熱の伝搬は阻害され、κlatは小さくなることが分かった。
左はSrTiO2.75H0.25モデルの水素Hを重水素Dと酸素Oの質量で置き換えた場合における格子熱伝導率(κlat)。右は水素の配置が異なるSrTiO2.75H0.25構造モデルA〜Gにおける、室温のκlatとTi−(O,H)結合距離の偏差との関係[クリックで拡大] 出所:東京工業大学
研究グループによれば、開発したSrTiO3-xHx多結晶体の熱電変換効率は、室温だと「0.11」、380℃では「0.22」である。Bi2Te3の変換効率「0.8」に比べると低い。このため、今後は熱電特性のさらなる向上が必要だという。
今回の研究成果は、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所のホ・シンイ博士研究員や片瀬貴義准教授、神谷利夫教授(以上は研究当時。現在は元素戦略MDX研究センター)、物質理工学院 材料系の野元聖矢大学院生(研究当時)、元素戦略MDX研究センターの細野秀雄栄誉教授らで構成される研究グループによるものである。
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