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講演会場が静まり返った――中国が生み出した衝撃のトランジスタ構造湯之上隆のナノフォーカス(82)EE Times Japan20周年特別寄稿(7/7 ページ)

EE Times Japan 創刊20周年に合わせて、半導体業界を長年見てきたジャーナリストの皆さまや、EE Times Japanで記事を執筆していただいている方からの特別寄稿を掲載しています。今回は、独自視点での考察が人気のフリージャーナリスト、湯之上隆氏が、2025年の「VLSIシンポジウム」で度肝を抜かれた中国発の論文について解説します。

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Flip FETに対する会場の反応と専門家のコメント

 Heng Wu教授の発表が終了した直後、600人を超える聴衆は一瞬、シーンと静まり返った。そしてその直後、会場は蜂の巣をつついたような騒然とした雰囲気に包まれた─―。これはやや誇張した表現かもしれないが、それほど強烈な反応であった。筆者を含む多くの聴衆は、Wu教授の発表に驚き、呆然とし、まるで酩酊状態に陥ったかのようであった。

 なぜこれほどまでに驚かされたのか。自問してみると、「複数回にわたりウエハーを反転(Flip)させるという大胆なアイデアに仰天したこと」、さらに「そのアイデアを、中国の北京大学というアカデミアが、300mmウエハーを用いて実証したこと」が主な理由であると考えられる。

 もっとも、筆者はトランジスタ技術の専門家ではない。そこで、休憩時間やバンケットの機会を利用して、トランジスタの専門家数名に、Flip FETの発表に対する印象を尋ねてみた。そのコメントは以下の通りである。

A教授:「あまりにも突飛なアイデアで、度肝を抜かれた。大学の研究でありながら、300mmウエハーで試作を行い、Flip FETが正常に動作しているという事実にも驚かされた」

B教授:「2018年にimecがCFETを発表した際にも驚かされたが、今回のFlip FETの発表にはそれ以上に驚いた。PMOSとNMOSを別々に形成するというアプローチは理想的である。現在、GAAの次世代としてCFETが有望視されているが、まだ確定したわけではない。今後、どの技術が主流となるかはこれから決まる。Flip FETがその有力な候補となる可能性は否定できない」

 このように、トランジスタを専門とする研究者たちでさえ、北京大学の発表に対して大いに驚いていたことがうかがえる。筆者にとっては、2025年のVLSIシンポジウムにおいて、最も強いインパクトを受けた発表となった。

FETの次の100年を見据えて

 本稿では、2025年がEE Times Japanの創刊20周年であると同時に、FETの発明から100周年であり、GAAが発表されてから20年余、さらに3D Stacked FETsが動作してから約20年という、複数の重要な節目が重なる年であることを論じた。

 また、その節目に開催されたVLSIシンポジウムにおいて、FinFETやGAAに続く可能性のある、Flip FETという画期的なアイデアをもつトランジスタが登場したことを紹介した。

 半導体産業は、次の100年に向けて今後も進化を続けていくと考えられる。その進化を報道する半導体業界誌として、EE Times Japanが果たす役割は極めて大きい。そのため、EE Times Japanも、次の20年に向けて着実に歩みを進めていくことになる。

 筆者としても、その歩みに微力ながら貢献できれば望外の喜びである(ただし、いつまで現役として執筆を続けられるかは分からないが…)。

謝辞

 本稿の執筆に際して、東北大学の遠藤和彦教授、SamsungのY.Y.Masuoka様、ならびに北京大学のHeng Wu教授には、発表スライドの使用を許可して頂きました。ここに、御礼申し上げます。


EE Times Japan創刊20周年記念特集サイト

連載「湯之上隆のナノフォーカス」バックナンバー

筆者プロフィール

湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長

1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年にわたり、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。2023年4月には『半導体有事』(文春新書)を上梓。


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