20年でCPUコアの巨人にのし上がった「Cortex-M」:EE Times Japan 20周年特別寄稿(1/3 ページ)
EE Times Japan 創刊20周年に合わせて、半導体業界を長年見てきたジャーナリストの皆さまや、EE Times Japanで記事を執筆していただいている方からの特別寄稿を掲載しています。今回は、鋭い視点とユニークな語り口が人気のフリージャーナリスト、大原雄介氏が、この20年で組み込み業界を大きく変えた「Cortex-M」について解説します。
EETimes Japan創刊20周年おめでとうございます。筆者は2018年に「「RISC-V」はEmbeddedでマーケットシェアを握れるのか」で初めて寄稿させて頂いた、筆者陣の中では新参者に属する方なのですが、せっかくお題を戴いたことですし、この20年余りの組み込み技術の変化への所感などを書き連ねてみたいと思います。
2004年に発表された「Cortex-M3」
ということで、ここからは「ですます調」を止めていつもの文体で。組み込み業界で2005年当時には存在せず、現在は当たり前になっている最大のモノと言えば、多分「Cortex-M」かと思う。Arm v7-Mアーキテクチャを実装した最初の32bit MCUコアとしてCortex-M3が発表されたのは2004年10月、ARM Developer Conference 2004での事だ。この時の発表の模様は本家EETimesのArchiveにも見当たらないのだが、発表時のリリースを読むと、パートナーへのRTL供給は2005年第3四半期に始まる事と、ExpressLogicがThreadX/NetX/FileXをCortex-M3に対応させることが発表されたとあるだけで、まだCortex-M3を利用すると表明したOEMパートナーは1社も無かった。
それでも2006年にはSTMicroelectronicsが、2007年にはNXP SemiconductorsがCortex-M3のライセンスを取得し、それぞれ翌年に製品(STM32F1、LPC1700)を出している。これらの動きについて、筆者はまぁ妥当な動きだと思っていた。STMicroelectronicsはSTM8系列の独自コアはあったものの、有力な32bitのMCUアーキテクチャを持っておらず、ARM9ベースのSTR91xシリーズをラインアップしていたものの、シェアというか売れ行きはいまひとつだった。ARM9からCortex-M3への移行は妥当なものだが、それ以上のものではない、と判断していた。これはNXPも同じであり、8bitは8051ベース、32bitはARM9ベースの製品を展開しており、このARM9ベースがCortex-M3に置き換わっただけ、という理解をしていた。逆に言うとこの当時、筆者からするとCortex-M3はARM9(やその前のARM7TDMI)ベースの製品の置き換え向けであり、それ以上に広がるとは思っておらず、なのでこれに続く企業としては、ARM7/ARM9ベースの製品を投入しているメーカーに限られると考えていた。
「Cortex-M0/M4」のシェア増加で独自コアが消える
ただ実際にはこの予想を覆すように、ARM7/ARM9を扱ってこなかった半導体ベンダーも、次々にCortex-M3を採用するようになった。2007年に発表されたCortex-M1は不発というか、FPGA向けコアではあったものの採用例は少なかったが、2009年の「Cortex-M0」や2010年の「Cortex-M4」は非常に多くの顧客を獲得する。特にCortex-M0は12Kゲートという非常に小規模な構成になっており、32bitだけでなく8/16bit MCUからの移行も(生産コスト的に)容易、という点は大きかったように思われる。こうしてCortex-Mを採用するのシェアがどんどん増えてゆき、エコシステムパートナーの数も増えて、非常に入手性も良くなってきた。こうした動きがもたらしたのは、ARM以外の32bit MCUアーキテクチャの市場からの撤退である。MIPSはM4KやM14KといったMCU向け構成を提供したものの、Microchipを唯一の例外としてマーケットを獲得できなかったし、NuvotonのKM103とか旧Freescale SemiconductorのColdFireやM-Core、自動車用のみ生き残ったInfineon TechnologiesのTriCoreなど、この時期にCortex-Mに敗れて市場から撤退していったコアはかなり多い。
実はこれ、日本でも深刻で、NECのV850とか富士通のFR32、日立のSHなど各社独自の32bit MCUは思ったように売れなかった。これらの販売不振の理由は各アーキテクチャというか各社それぞれにあるので、一概にCortex-Mだけが理由ではないのだが、結果的にCortex-Mに敗退した事に変わりはない。
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